無意味に子どもの短所を指摘する親たちの「罪」

「無意味に子どもの短所を指摘する親たちの「罪」 ダメさを言い続けることのメリットはない」以下(リンク
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前略

人材育成のプロたちは長所だけを取り上げ、短所にはふれません。なぜかといえば、それは次のような理由によります。

「長所は自分では自覚ができておらず、短所は自分で自覚できているから」

いくら子どもとはいえ、自分の短所くらいはよくわかっているもの。それをわざわざ他人にちくちく指摘されれば、腹も立つというものです。

しかし、長所は自分では意外と自覚できていません。なぜなら、長所は自分では、当たり前にできてしまっていることだからです。

例えば、「○○さんはいつも笑顔が素敵ね」と言われたとします。しかし、言われた本人は、「いえ、普通ですけど」と答えることでしょう。自分では普通に行っていることなので、特段、長所とは自覚していません。

読書が好きな子どもに「たくさん本を読んですごいね」と言うと、その子は好きで読んでいるため別にすごいことであるという自覚はありません。このように長所は自覚的ではないという特徴を持っているのです。

他者から見たら、それは「すごいこと」なのですが、自分では自覚できていないため、あえて言ってあげないといけないのです。そして、その長所が自覚的になると、自己肯定感が上がり、自分に自信を持ち、ぐんぐん伸びていくのです。

後略

以上

 

 

わたっきー

外遊びの大切さ!子供をもっと外で遊ばせよう

外遊びの大切さ。大人でも通用する。
チャイビリンクより引用
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■外遊びをする子が減少している理由
●習い事や塾に通う子の増加
決して習い事や塾が悪いとは思いません。
習い事や塾で新しいお友だちができ、世界が広がったり、やればできるという自信がついたり、学習習慣が身に付いたりと悪いことばかりではないからです。
ただ、習い事や塾に通うと、そのデメリットとして遊びに費やすことができる時間が少なくなってしまうことを忘れてはいけません。
また習い事によって水泳や体操教室など、体を動かす習い事をしている場合でも、「習い事で体を動かしているから安心」ということはありません。
一定の決まった動きが多くなり、バランスよく体を使っていることが少なくなってしまうためです。

●ゲームやスマホの増加
小学生から高校生の約9割は何らかのゲーム機を持っていると言われている現代。
周囲にゲームがない環境の方が少ないかもしれませんね。公園などで集まってポータブルゲーム機で遊んでいる姿を見かけますが、基本的にゲームであれば暑さ寒さも調整できる家の中で遊ぶということがほとんどです。
ゲーム機だけではなく、スマホも今は保護者のほとんどが持ち、小学生で持っている子もいます。
現代の環境であれば外へ出る機会は自然と減ってしまいます。
ただし、ゲームも悪いところだけではありません。集中力や注意力、思考力、記憶力などはゲームを通して身に付けることもできるので、一概に悪とは言い切れません。

●外の危険度の増加
外に行かせない、行かせられないという声もあります。
昨今、子どもが事件に巻き込まれ命を落としてしまったというニュースもあります。そうした事件に巻き込まれないためにも、外には出すことができないという家庭も増えています。
そもそも遊び場がない、遊べる場所がない
公園が少なくなったり、面積が縮小したりということが全国で起きているようです。
公園にある遊具も、危険という理由から撤去されてしまう場合もあり、子どもたちが遊べる場所、遊べるものが減少してきているのが現状です。
だいたい想像のつくところだったのではないでしょうか。
外遊びがいいことはなんとなくわかっていても、それができない環境にいる子どもたちが多くなっているのです。

■外遊びで得られる6つの効果
そもそもなぜ外遊びが必要なのでしょうか。

●身体機能を高める
外で遊ぶと自然と大きな動きや、それに伴い動きの種類が多くなり、結果として体力の向上が望めます。
しかし、運動能力を高めるだけでなく、外の雑菌に触れることにより、雑菌に対する抵抗力を付けることができ、風邪などを引いても治りやすい体を作ることができます。
また、光を浴びることでビタミンDが形成されます。
ビタミンDは骨を作るカルシウムの吸収や代謝に関係しているビタミンです。
つまり、ビタミンDの摂取が不足すると、カルシウムの吸収量が減少してしまいます。
ビタミンDは食物から摂取することも可能ですが、皮膚に存在する物質が、日光に含まれる紫外線を受けることによってビタミンDに変換され、得ることもできます。
子どもの成長に不可欠なビタミンなので、外遊びを通して効率的に得ることが望ましいですね。
ちなみに窓越しに日光浴してもビタミンDは生成されないと考えられています。

●五感を高める
五感すなわち視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚を外で自然と触れ合うことによって高めることができます。
外には、風や水、土があり、その感触やにおい、色を見て様々な体験をすることができます。
それが刺激となり、成長に大きな影響を与えます。

●考える力を高める
遊びを通して「どうしたらできるか」「どうしたら上手くいくのか」を常に考えることで試行錯誤する力や発見する力、イメージする力を身に付けることができます。
それは、遊びの中だけでなく他の生活活動や勉強の中でも役立てることができるでしょう。

●積極性を高める
家の中では遊び相手はだいたい決まってしまいますが、外に出れば様々な年齢の人に出会うことができ、自分のできないこと、やったことがないことを目にする機会が増えます。
他の子がやっていれば子どもは自然と自分も真似してみたくなります。
そうした「やってみたい」という気持ちを、外遊びを通して育むことができます。

●コミュニケーション能力を高める
外に出れば様々な世界が拡がっています。
いつもとは違う同年代の子、異年齢の子、親や先生以外の大人たちと関わる機会が増えます。
そうした人々との出会いがコミュニケーション能力を高めていきます。
よりよい睡眠につながる
太陽の光を浴びると、「メラトニン」というホルモンが分泌されます。
この「メラトニン」は夜に自然と眠くなるのを促すホルモンです。
よって「メラトニン」の量が増えると、寝つきが非常によくなり、よい睡眠をとることができるようになります。

●1日1時間の外遊びを目安にしよう
季節や天候、子どもの年齢、保護者の予定にもよりますが、まずは1日1時間を目安に外に出てみるよう心掛けてみてください。
1時間は外に出てしまえばあっという間の時間です。
また、注意したいのは子どもをほったらかしにしないということです。
月齢が小さければ小さいほど「遊んできなさい」といっても、どう遊んでいいか分からないものです。
まずは遊び方、そして「一緒に遊ぶこと」を学ばせましょう。かつては「近所の子」が担っていた役割ですが、近くにいなければその役を担ってあげてください。

 

 

匿名希望

子どもに育てられてもらっているということが子育て。

子どもと接するときに重要なこと

子育てをするときに最も重要なことは、子どもの方があなたより優れているということを理解しているかどうかです。

子どもは知識がなく劣っていると大人たちはよく考えますが、本能と直感に優れ記憶力と適応力は大人など比ではありません。

大人たちが十年修業しても出来ないことを、子どもたちは一年で身に着けてしまい、言語も書くことさえ知らなくても理解してしまいます。

大人たちとはもはやレベルが違うのです。
ですから、子どもは基本的に自然に育てていくことが重要で、大人が介入すればするほどヘボい大人に育っていきます。

あなたが子どもを育てるのではなく、あなたが子どもに育てられてもらっているという意識が重要です。

では本質的な親の務めとはなんでしょうか。
それは下手な親の常識や体裁や知識を押し付けることではありません。

知識ではないものを伝えて実感させていくことこそが重要なのです。

よく質問されますが、私の子どもが友達と一緒にいるとき、お菓子を食べていたりジャンクを食べていて欲しがったりしませんか?と聞かれます。
残念ながらというかうちの子は欲しがらないようです。

なんか私のことをうかがってか「○○ちゃん、毒食べてたよ」と言ってくるときもありますが、ちゃんと説明して私も食べないからかもしれません。

頭からダメというよりちゃんと説明すれば、大人より能力の高い子どもは本質的に理解するものです。

そして、結局うちの子は社会毒以外のものはなんでも美味しそうに食べています。

問題はいつも本音で接すること、けんかしてもいいから自分の本心を告げること、そしてまた自分の意見をぶつけたら、結論は子どもの意思に任せることです。

子どもを信じて待つということは、どんな大人にとっても何を教えるよりも大切なことだということは忘れてはいけません。

ちなみに「子供」という言葉はできるだけ使わないでくださいね。
そして子育てに悩んだら「子育ち」という言葉を思い出し、以下のことを思い出してみましょう。

いつも子どもにありがとうと言いましょう。

いつも子どもにごめんなさいと言いましょう。

いつも子どもを抱っこしたりハグしましょう。

いつも子どもの前では真実の姿でいましょう。

いつも子どものことを見守っていましょう。

いつも子どもに信賞必罰の姿でのぞみましょう。

いつも子どもに本当の歴史を伝えましょう。

いつも子どもと会話するようにしましょう。

いつも子どもとともに遊ぶようにしましょう。

いつも子どもに愛していると伝えましょう。

 

 

 

姜ヨセフ

「教育という名の虐待」が蝕む愛着障害という病

リンク

数学不安――数学の得意、不得意にも愛着が関与
「数学不安」という専門用語がある。数学ができるかどうかには、数量処理や作動記憶といった認知的能力のほかに、問題を解く際の不安が関わっているという(*参考文献を参照)。この不安が「数学不安」だ。

数学の問題を解くときは、単純な作業をするのとは違って、メンタルな要素が強まる。解けるかどうかわからない問題を、解けると信じて解き続け、ついに正解にたどり着くためには、解けないかもしれないという「数学不安」に負けない精神的な強さや、自信が必要になるのだ。

数学不安が強いと、解けないのではという不安や恐怖に圧倒され、肝心の問題に集中することができず、実力以下の成績しかとれない。それで自信をなくすと、数学の教科書を見るのも嫌になってしまう。

この数学不安は、単に数学が得意か苦手かということだけでなく、就職や職業における成功を左右するという。結果が不確定の、暗中模索の状況において、成功を信じてやり抜く自信に関わるのである。数学不安が強い人は、解けないのではないかと悪い結果ばかりを考えてしまい、自分の足を引っ張ってしまう。

最近の研究で、この数学不安が、愛着安定性と関係していることが明らかとなった。幼い頃の安着が不安定だと、数学不安が強まる傾向がみられたのだ。この傾向は、性別や年齢、IQに関係なく認められた。

安定した愛着は、その子の能力の発揮を大きく助ける一方、不安定な愛着しか育めないと、実力以下の成績に甘んじなければならない。

もちろん、数学が得意かどうかには、数的処理や推論、空間認知、ワーキングメモリーなどの能力も関係してくる。愛着の安定性が数学の成績に関与する割合は、およそ2割だという。しかし、2割違えば、試験の合否も、その後の人生も大きく変わることになる。

親が子どもに勉強を教えるときには、この事実を肝に銘じるべきだろう。問題を間違えたからといって、叱ったり、けなしたりした場合、愛着が受けるダメージによるマイナスは、教えることで得られる学力のプラスを帳消しにしかねないのだ。

叱ったばかりに子どもとの関係が悪化し、しかも自信をなくさせるくらいなら、何も教えないほうがずっと子どものためになる。

教育という名の虐待――死に至る病からの脱走
もし、あくまで親が医学部を続けることにこだわっていたら、F美さんは死んでいただろう。初めて親に逆らって、自分の意思を示すことができたF美さんだったが、しかし両親は、F美さんの気持ちを本当に理解したわけではなかった。心のどこかで、自分たちの期待を裏切った愚かな娘という思いを消すことができなかったのだ。

自分に注がれる、両親の冷ややかな視線。それをひしひしと感じるだけに、F美さんも次第に、親に対して敵意をむき出しにするようになった。自分の人生を、自分たちの都合のためにめちゃくちゃにした親たちに逆らうことが、F美さんに残された生きる意味となっていたのである。


死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』(光文社新書)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします
死に至る病」を脱するためには、それは必要なプロセスだったのかもしれない。

F美さんの本当の自分探しが始まるまでには、親が敷いた路線をいったん拒否し、怒りをぶつける時期が、しばらく続くことになる。

本人の主体性を無視し、進路を押しつけ、勉強を強いることも、虐待である。

虐待の結果、愛着はダメージを受け、愛着障害が生じることになるが、F美さんの場合は、もともと安定した愛着が育まれていたのかも怪しい。医学部に進んで後継者になることを前提に話は進められ、両親がF美さんのことを、思いどおりになるのが当たり前の操り人形のように扱ってきたのは、そもそも温もりのある愛情に欠けていたからとしか思えない。

F美さんは、愛情不足の中で育ち、親の愛情や承認に飢えていたからこそ、進んで親の思いどおりになろうとしたのだ。愛着障害を抱えた人に起きやすい悲劇である。

親は、満足な愛情を与えないうえに、親に気に入られようとする子どもを思いどおりに支配するという、二重の虐待を行っているのである。

 

 

 

大川剛史

あえての“男女分け”幼児教育

男女平等が叫ばれる中、アイスランドではあえて男女別のクラス分け時間を設け、遊んだり学んだりする幼稚園があるそう。
>「違いを排除するのではなく、尊重しあう」ことを目的にした面白い事例だと感じたので紹介します。

リンク より引用しています。
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昔からの社会規範としての“男らしさ・女らしさ”に息苦しさを感じている人は少なくないと思います。でも一方で、「男と女は、“同じ”ではない」のも事実。
そんな中、アイスランドにはちょっとユニークな実践を行う、教育機関があります。 その特徴は、毎日「男女分けクラス」の時間を設けること。なぜ、世界一ジェンダー平等な国で、あえての「男女分け」クラス?気になって、ある幼稚園を訪ねました。

午前10時。幼稚園をのぞくと、3歳~5歳前後の子どもたち数十人が、男の子は男の子だけの部屋で、女の子は女の子だけの部屋で過ごしていました。男女それぞれの部屋で、子どもたちは、お絵かき・工作・外遊び・積み木・部屋遊び・水遊びのプログラムから、自分の意志でひとつ選択して遊びます。

同じ「部屋遊び」のプログラムでも、遊び方はそれぞれ。女の子たちが、マントをつけてごっこ遊び。男の子たちは、大きなブロックに這い上がったり飛び降りたり。

「外遊び」をする子どもたちがいる園庭は、柵や壁はないものの、半分は女の子のスペース、半分は男の子のスペースとなっています。女の子が木の枝等を使ってひとところに集まる一方で、男の子たちは大きな声を出しながら元気に走り回っていました。

マルグレさんは、30年以上の幼児教育に携わった経験上、男の子には自立性、女の子には社会性が比較的高いと感じられることが多く、それぞれの遊び方の違いは、男の子ならでは、女の子ならではの別々の「文化(culture)」だと考えています。

■違いを排除するのではなく、尊重しあう
この日、遊びの時間のあとは、ダンスのプログラムが行われていました。この時間は、「男女混合」。男女ペアで音楽に合わせて身体を動かします。この幼稚園では、男女分けクラスと同様、毎日必ず男女混合クラスも設けられています。マルグレさんが目指すのは、それぞれの違いを排除するのではなく、違いに目を向けないことでもなく、尊重し合って生きていくことです。
「男女分けクラスは、ひとつのメソッドです。私たちの目標は、男の子と女の子、男性と女性が協力しながら共存し、互いを尊重すること。そして、ありのままの自分でいられる社会にしていくことです」(マルグレさん)

男性性と女性性の違いは「ある」という前提で、その「共生」を目指す教育。
誰の中にもある、“男らしさ・女らしさ”。それは本来、社会に強要されるものでもなく、先入観の範囲内で語られるべきものでもなく、差別やハラスメントにつながるのではと、「違い」を重んじることを恐れていては、逆に人間としての魅力を十分に知ることはできないのだと気づかされました。

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匿名希望

教師の思考停止~リスクがある物は全て廃止~

子供や学校の特色やレベルに合わせて授業の内容や進め方を変えるありかたを取ればいいものを危険性が高い(=リスクがある)ため、とにかく廃止というこういは本当に正しいのか。何も考えず廃止を続けていくことが、教育として正しいのか子供たちのことを考えているのかは疑問です。

 

-------------------------------------------以下、引用-------------------------------------------


今、「ピラミッド」が消えようとしている。エジプトではなく日本で――。スポーツの秋に、ピラミッド等の技で魅せる運動会の組体操が論争の的になっている。火をつけたのは、イジメ教諭問題など、何かとホットな兵庫県の神戸市。同市の久元喜造(きぞう)市長(65)が、ツイッターで「組体操中止論」をつぶやいたのだ。
〈何度でも言います。教育委員会、そして校長先生をはじめ小中学校の先生方にはやめる勇気を持って下さい〉
 神戸市内の学校で、運動会の組体操による骨折事故が相次いだことを受け、9月9日、久元市長はこうつぶやいて組体操中止を訴えた。その後、同じ兵庫県明石市では、来年度から市立の小中学校で組体操の実施を見合わせる方針が決定。組体操を「忌避」する状況が生まれつつあるのだ。

組体操は悪か?
 確かに、ピラミッドの「高段化」などが進み、組体操での負傷事故は各地で起こっている。しかし、だからといって「伝統」の組体操を全廃すればいいという議論は些(いささ)か短絡的すぎるのではないだろうか。実際、名古屋大大学院の内田良准教授(教育社会学)は、
「安全の確保さえできれば、組体操は子どもが体の動かし方、達成感や団結力の大切さを学ぶことができるプラス面の大きい競技です」

 組体操の価値を説明し、印西市立木下(きおろし)小学校(千葉県)の齊藤秀樹校長も、「組体操は体力だけでなく、耐える力の“耐力”、連帯する力の“帯力”も育てることができる。最近は『自分さえ良ければいい』と考える子どもが増えているなか、組体操で他人に体を預ける経験をすることによって、団結や連帯の素晴らしさを教えることができると感じています」と、その意義を強調する。

「当校では組体操の評判は今でもとても高く、保護者から止めてほしいという意見は一切ありません。高学年が行う運動会の伝統種目としてこれからも続けていく予定です。当然、指導する側の教師は絶対に事故はひとつも起こさないという覚悟を持つ必要がありますが、実際、私が赴任してからのこの3年間、うちでは組体操による事故はゼロです。ピラミッドは3段までしか作らないようにしたり、『落ち方』を教えるなど安全対策を徹底しているからだと思います」(同)

「教師の思考停止」
 つまり、「10段ピラミッド」のような過度に危険な技を避ければ、安全に組体操は続けられるというのだ。

SNSや動画サイトの普及で、他校でどんな組体操をしているのかが分かるようになり、危険な技を安易に真似する風潮ができています。しかし、ある学校では可能でも、他の学校でその技が安全にできるとは限りません。生徒のポテンシャルに応じた技を、現場の教師が吟味していくことが大切だと思います」(同)

 結局、各校が適切に現場判断すればいいという至極当然の話に帰結するわけだ。リスクがあるから全廃。それはやはり極論であり、「間(あわい)」を認めない機械的で非人間的な決断と言えよう。

「何が危険なのかを教師が考えず、上からの全廃規制に従うだけでは、本来、教師に必要な資質であるリスクマネージメントの感覚は育たないままになってしまいます」(前出の内田氏)

 日本体育大学体操研究室の荒木達雄教授が締める。

「上の判断で組体操を全廃することは教師の思考停止に繋がります。教師自身に安全対策を考えさせ、危険度の高い種目を変更するのが適切な対処ではないでしょうか」

 悪は組体操そのものではない。組体操のあり方すら自分でマネージメントできない指導者が悪なのである。

 

 

 

匿名希望

ついに黒船上陸、学費無料の仏発エンジニア養成機関「42」が来春オープン

黒船登場として、学費無料を打ち出す人材育成(養成)の場が来春オープン。

どうやって事業収支を考えていくのか注目でもあるが、ニーズが変化してきていることを物語っている。

以下、引用
リンク
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■学費無料、24時間365日オープン、教師なし──。

従来の常識を覆した革新的な教育システムによって、就職率100%を実現。2013年にフランスで開校して以降、世界中から注目を集めている民間発のエンジニア養成機関「42(フォーティーツー)」。2016年にシリコンバレー校が設立されたのも記憶に新しいが、この「42」がついに日本にもやってくる。

11月13日、DMM.comはフランスのエンジニア養成機関「42」の東京校として、一般社団法人「42 Tokyo(フォーティーツートーキョー)」を設立したことを発表した。同法人の事務局長を務めるのは、半年前まで「42」のフランス校に通っていた長谷川文二郎だ。

本日から第1期生の募集を開始し、2020年1月に入学試験「Piscine(ピシン)」を実施。その試験を経て、2020年4月に開校する予定だという。


■5年間で50億円を投資

「ひとまず5年間で約50億円を投資していく予定です」

今回の発表に先駆け、10月末にDMM本社で開催されたプレス向けの発表会で会長兼CEOの亀山敬司は「42 Tokyo」への意気込みをこう語った。

フランス発のエンジニアの養成機関「42」は、フランスでインターネット・携帯電話などの通信事業を展開する「Free(フリー)」を立ち上げた経験を持つ、実業家のグザビエ・ニエル(Xavier Niel)が設立したもの。

フランスの教育環境や雇用の閉塞感に対する危機感から、グザビエが自身の資金を投じ、教育者として働いてきたニコラス・サディラクなどの協力を得て、2013年に誕生した。2016年にはシリコンバレー校が設立。現在は世界12カ国で展開されており、今なお世界中で開校が所望されている。

「42」の最大の特徴は学費が無料で、学歴も家庭環境も問わず、16歳以上であれば誰もが平等に挑戦可能。そして教師から生徒への一方通行の教育ではなく、生徒同士が学び合う“ピアラーニング”を取り入れ、教室が24時間365日開放されている点にある。

 

 

 

匿名希望