親の敷いたレールを逸脱する

リンクより

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習志野台幼稚園理事長、いぬかい良成氏の心に響く言葉より…

これからの時代は、AI(人工知能)のロボットが、今まで人がしていた仕事を担っていくといわれています。
親の言う通りに勉強して、単に知識をたくさん詰め込んでも、AIにはかないません。
そうした中で生き残っていけるのは、従順なロボットのような「良い子」ではなく、従来の常識を打ち破るような革新的で突き抜けた発想のできる子どもです。

親のイライラにおびえ、親の機嫌を損ねない「良い子」を演じたまま成長すると、「良い子症候群」に陥る危険性があります。
「良い子症候群」は、「良い子」であると他人に認めてもらうことでしか自分に自信を持てません。
そのため、少しでも誰かに注意されたりすると、極端に落ち込んだり、あるいは逆ギレしてしまうことが多いのです。
「うちの子はどうしてこんなに悪い子なんだろう?」
そう思い悩んでいるお父さんお母さんは、我が子が「良い子」でないことをむしろ歓迎してください。

私の持論は「子どもは悪い子に育てましょう!」です。
もちろん、「子どもを乱暴者に育てましょう」とか、「子どもを犯罪者に育てましょう」と言いたいわけではありません。
私のいう「悪い子」とは、簡単にいうと“親の敷いたレールから逸脱する子ども”です。

多くの子どもたちは、「あなたには無理!」とか「これはダメ」「あれもやめなさい」「そうじゃなくて、こうしなさい」と、親の決めたルールにがんじがらめにされています。
そんな親の決めたルールに支配され、親の望むゴールに向かってひょろひょろ伸びているきゅうくつな道…それが親の敷いたレールです。
親が思い描く幸せが、必ずしも子ども自身の幸せとは限らないのです。
「いい学校に行きなさい。そうすれば人生幸せになれるから」と、親の敷いたレールに沿って子どもが一流大学に合格したとします。

しかし、その子が自ら「行きたい」と望んだのではなく、ただ親の進める大学に入った場合、子どもは入学した後の人生を描けなくなってしまいます。
大学に入るという目的が達成されそこで燃え尽きてしまう、いわゆる「燃え尽き症候群」になってしまいます。

しかし人生が始まるのはこれからです。
社会に羽ばたく前の通過点に過ぎない大学入学が、人生の終着駅になってしまっていませんか?

『子どもは「悪い子」に育てなさい』楓書店

いぬかい氏は本書の中でこう語っている。
『「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない」
これはアインシュタイン語録のひとつです。
「これが常識!」と信じて親がこどもに押しつけているルールは、実は親の限られた経験と知識による「偏った常識」であることがよくあります。

古今東西、偉業を成し遂げた人物には、子どものころに問題児だったというエピソードが多々あります。
「Think different」…これは、「世界を変えた人たちは、変人だった」というメッセージを伝えるアップル社(スティーブ・ジョブズ)の有名なCMのキャッチコピーです。

このCMに登場するのは、トーマス・エジソンアルベルト・アインシュタインパブロ・ピカソジョン・レノンアルフレッド・ヒッチコックモハメド・アリなど、歴史に名を残すイノベーター(改革者)ばかりです。

たとえばノーベル賞を受賞した天才物理学者のアルベルト・アインシュタインは、子どものころから天才だったわけではなく、10歳近くになっても言葉をまともに話せず、クラスメイトにバカにされていたといいます。
トーマス・エジソンは、小学1年の算数の授業で「なぜ1+1は必ず2になるの?2つの粘土を混ぜたら、ひとつの粘土になるじゃないか」と教師にしつこく食い下がり、「この子は頭がおかしいから、もう学校に来なくていいです」と教師に見放されてしまいます。

そのため、エジソンは小学校さえまともに出ていませんが、ご存知の通り、彼は世界屈指の発明王になりました。
けれど、残念ながら「出る杭は打たれる」のが世の常です。
特に日本の社会は周囲との協調性を重んじ、「長いものには巻かれろ」とか「寄らば大樹の陰」といったメンタリティが強いので、空気を読まずに和を乱すような子どもは、まさに「出る杭」として周りから叩かれがちです。

それは、他の子どもと違うユニークな「個性」を持っている証拠です。
たとえ自分の子どもが扱いにくいと感じても、他の子どもと比べてそれを恥じたり、ムリに押さえつけるのはやめましょう。
長いものにイージーに巻かれない子どもには、未来に花開く素晴らしい「ギフト」が宿っている可能性がありますから。』

また、いぬかい氏は、親が決めたルールを押しつけてはいけないとは言っても、すべてを子どもの自主性にまかせ、自由奔放にやらせていいということではないという。
人としての土台となる基礎は身につけないと単なるわがままな子どもになってしまうからだ。

そこで必要となるのが「態度教育(しつけ)」だ。
「あいさつ」「返事」「履物をそろえる」「姿勢を正す(立腰)」「食事のマナーを身につける」という5つの基本要素。
今までは、いい大学に入り、安定した大企業や官公庁に入るといったことが安泰で、人生の幸せにつながった。

しかし、これからは違う。
想像もつかないような大変化がやってくるからだ。
自ら考え、創造性を発揮し、新しいことにチャレンジし、冒険し、行動する人でなければ生き残ってはいけない。
その基本になるのが、教育だ。
何かを覚えてそれを再生するだけの記憶勝負の教育では、AIに一瞬にして負ける。

「親の敷いたレールを逸脱する」

いい大人になっても、親の敷いたレールから外れられない人は多い。
従来の常識を打ち破るような、革新的で突き抜けた発想を大事にする人でありたい。

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原てふ子

RE>子育てを巡る欧米と日本の違い

子育てを巡る欧米と日本の違い 343351
は、確かにあると思います。

日本人の子育ては、親子ともどもの関係性において心豊かに繋がる関係であり、子供は可愛らしく愛おしい存在。
アメリカの物語で描かれている子供は、みな生意気で、どちらかといえば邪悪。で、大人のようでもある。

日本人の子育ては、心とこころの繋がりを重視しているのに対して、
欧米は、私権時代特有のの強制圧力バリバリで誰もが競争相手であり、敵対視する存在。
おそらく親からも一人前の大人として小さいころから扱われているのだと思います。

 

 

 

匿名希望 京

たったこれだけ!「将来の夢が叶う子」の親がしている、簡単な声かけ

リンクより引用します。

(以下引用)

(前略)
子どもが勉強や習い事に積極的に取り組み、「サッカー選手になる!」「ダンスの大会で優勝する!」「〇〇中学に合格する!」と、夢や目標を口に出す姿は微笑ましいですよね。

できるだけ支えてあげたいと思うのが親心でしょう。

夢や目標を持つのはとても良いことですが、目標や夢は「~になる!」という“なりたい心”だけだと、失敗したときやうまくいかなかったとき、簡単に挫折してしまう可能性が。

また、将来的に『燃え尽き症候群』のように、「自分は何のためにこんなにがんばってたんだっけ…?」「こんなことして意味あるのかな…」と、いきなり無気力になってしまうことも。

挫折しない子どもは、“なりたい心”の他に、もうひとつ心に持っているものがあるそうです。

心理学者の植木理恵先生の著書『やる気を育てる!』、そして植木先生のお話を元に「一生挫折しない心を育てるために、親ができるサポート」についてお伝えします。


植木理恵

“なりたい心”と“ありたい心”の違いとは?

植木先生によると、夢や目標の達成には、「〇〇になる!」という“なりたい心”にプラス、もうひとつ必要なものがあるそうです。

それが、“ありたい心”です。

“ありたい心”というのは、「前向きにがんばる自分でありたい」「惜しみなく力を出す自分でありたい」「正々堂々と挑む自分でありたい」という、結果はともかくとして「どういう自分で取り組めたか?」という心のあり方です。

“ありたい心”があれば、もし計画通りにうまくいかなくても、「前向きに最後までがんばれた」「言い訳をしないでいられた」といった気持ちが支えとなります。

挫折することなく、また立ち上がり、自分の目指す夢や目標に向かっていけるのです。

子どもが 「〇〇になる!」と、“なりたい心”を口にしだしたら、親としては“ありたい心”も引き出し、サポートしてあげることが大切だというわけです。


子どもの“ありたい心”を引き出すには?

子どもの“ありたい心”は、いったいどのように引き出したらいいのでしょうか?

植木先生は次のような方法を教えてくれました。

『憧れの人物』の存在から引き出す

子どもに「どうありたい?」と直接的に聞いても、ポカーンとするばかりでしょう。
どうありたいか?なんて、オトナでもなかなかすぐには答えられないものです。

そこで効果的なのが、子どもの『憧れの人物』から、“ありたい心”を引き出す方法です。

子どもは、物語のヒーローやキャラクター、あるいはスポーツ選手や有名人などに憧れを抱き、そこから「〇〇になりたい!」という夢や目標を持つことが多いです。

そこで、「その憧れの人物の、どういうところが好きなのか?」を尋ねることによって、“どうありたいか?”を訊き出すのです。

憧れのヒーローの「正々堂々と立ち向かうところが好き」という場合、その子は“正々堂々とありたい心”を持っていると言えます。

憧れの選手の「いつでも前向きなところ」という場合、その子は“いつでも前向きでありたい心”を持っていると言えます。

子どもがまだ小さい場合、絵本を読み聞かせているママも多いと思うのですが、絵本を読み聞かせた後、「〇〇ちゃんはどの人が好き?」と、好きな人物について尋ねてみるのも、“ありたい心”を引き出すのに効果的です。

子どもが好きな人物を答えたら、「どういうところが好きなの?」と尋ねます。

すると、子どもなりに考えていろいろ言ってくれるでしょう。

「どんなときでも優しいところ」といった場合、その子は“どんなときにも優しくありたい心”を持っているということが分かります。

昔の偉人などの話をドラマティックに語り、「その人物についてどう思う?」「どんなところが好き?」という会話からも、その子の“ありたい心”が見えてくるかもしれません。

一緒に映画を観に行って、映画の中の登場人物について親子であれこれ語り合うのもいいですね。

子どもの“ありたい心”をサポートするには?

次に、子どもの“ありたい心”をどのようにサポートしていけばいいのかについて、教えていただきました。

「できた・できない」だけでなく「どういう態度で臨んでいたか?」に目を向ける

子どもの“ありたい心”をサポートするためには、親は「できた・できない」だけに囚われた声かけをしないことが大切です。

・「ピアノで〇〇の曲が弾けるようになったね!すごいね」
・「スイミングの進級テスト、今回は不合格だったね。残念だね」

このように、目に見える結果にばかり焦点を当ててフィードバックをしていては、“ありたい心”は育まれません。

・「諦めずに最後までがんばっていてすてきだったよ!」
・「前向きに取り組めたね!」
・「手を抜かずにがんばれたね!」

このように、「どういうありかたで臨んでいたか?」にも注目して声をかけてあげましょう。

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“なりたい心”と“ありたい心”は、「人が一生をかけて意欲的に生きていくのに、どちらもなくてはならない車の両輪」と、植木先生は書かれています。

“なりたい心”を応援すると同時に、“ありたい心”をサポートする、2種類の声かけを意識してみてください

 

 

 

前田重男

「天気のいい日に外遊び」があらゆる習い事よりも優れている理由

「天気のいい日に外遊び」があらゆる習い事よりも優れている理由
リンク)より転載

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■どうする?習い事

子どもがある程度大きくなってくると、習い事……なんて話も出てくることがあるでしょう。
・友だちは××を始めたらしい
・△△をやるなら、□歳くらいから始めた方が良いんじゃないか
・この子には○○の才能がありそうだから、やらせてみよう
・自分が☆☆ができず、本当に悔やんでいる。この子にまでそんな思いをさせたら可哀想なので、習わせてあげようと思う

人によっては、内外から相当のノイズに悩まされているかも知れませんね。

もちろん、価値観・考え方は人それぞれではありますが、その判断は確実に子どもの人生に影響を及ぼします。今号では「子どもが、自分自身の伸びる力で、自身に一番合った伸び方をする」ことを目指した“くろさわ流・習い事の考え方”をご紹介します。


(1)原則
まず大原則。

「子ども本人の興味・意欲で決める」

当たり前のようですが、意外と難しいポイントです。決して、「親やりたいこと」「やらせたいこと」を持ち出してしまわないように!この点は非常に繊細な注意が必要です。

子どもは、わずかでも親の意向を感じてしまうと、その意向に沿うように合わせようとしてしまう(そして、そのために自分自身の興味関心を犠牲にしてしまう)ことがあります。「パパは○○をやって欲しいけど、やりたくなかったらやらなくてもいいよ」という程度でも、充分にNGです。

ちなみに冒頭に挙げた4つの例は、いずれも「子ども本人の興味・意欲」ではないこと、お気づきでしたか?

頭では分かっていても、日常の中では“ノイズ(周囲から、場合によっては自分の中から聞こえてくる雑音)”に惑わされてしまいがちなもの。気を付けましょうね。

(2)制約
家庭の事情による制約は、そのまま制約として課してしまってOKです。費用面だけでなく、時間的な制約や送迎のマンパワーなども制約があって当然。

ヘンに無理をせず、

「このスクールはお金がかかりすぎるから、うちにはムリだな~」

(中略)

と伝えてあげましょう。

限られた資源(ヒト・カネ・時間)でいかにやりたいことを実現するかという課題は、社会では当たり前のこと。子どもに対して隠したり避けたりするべき理由はありません。

(3)機会提供
このお話をすると必ず受ける質問があります。

「子どもに興味があるかどうかは、どうすればわかるのですか?」

「一度やらせてみないと、興味があるかどうか分からないのでは?」

これに対する私の答えは、「まずは幅広く、いろいろなモノを見せて・触れさせてあげましょう」です。

ただしそれは、各種スクールなどの見学や体験レッスンではいけません。
(中略)
(見学・体験は、やりたいことが決まった後、どのスクール・教室が合いそうかを確かめる段階で活用しましょう)。

くろさわ流としては、子どもに「興味を持たせよう」との意図を持たずに、ただ見て・触れる機会を持たせてあげたいと考えます。一番良い方法は「子どもが見ているところで、親が楽しむ」です。例えばピアノなら、子どもには特に何も言わないで、親自身がピアノで遊ぶだけ。上手に弾けるかどうかは関係ありません。ネコふんじゃったでも、ドレミファソラシドでも、鳴らして遊べばOK。ほとんどの子は、これを見れば自分も触りに来るはずです。好きなように(壊さない範囲で…)触らせてあげましょう。

こういった機会を何度か作ってみて、その時の子どもの様子(集中度合い、すぐ飽きるかどうか、など)を見ながら、子どもの興味の対象とその強さを感じてあげてくださいね。

気をつけていただきたいのは、あくまでも「子どもが自分で見て、触れる」の範囲に留めておくこと。親が「やらせる」「教える」「指導する」ことのないよう、肝に銘じておいてくださいね。

(4)非一貫・非継続
子どもの興味がずーっと続くことはなく、むしろコロコロと興味の対象は変わるものだ、それが子どもの自然な姿なのだと、あらかじめ覚悟しておきましょう。

「やってみたいなら、始めてみよう」という気楽さで習い事を始めても良いので、「興味がなくなったなら、辞めてもいいよ」との穏やかさを持ちましょうね。

親だけがヘンに執着して、楽しくもない習い事を続けさせて親子ともに不幸になっているケースは、残念ですが少なくありません。

(1)でも述べたように、親の意思を押し付けることは厳禁ですし、親の意思をチラつかせてプレッシャーをかけることも、やはり厳禁です。やって良いのは、情報提供まで。

「ピアノって、ずっと続けて上手になってくると、思い通りに弾けて面白くなるらしいよ」

(中略)

情報提供を受けたうえでも子どもが続ける意欲を持たないなら、潔く辞めさせてあげたいものです。「またやりたくなったら、やればいいしね!」と。

その覚悟を持ちながら見守り、万が一、長く続けることができたなら、それはひとつの奇跡。どれも続かなかったら、それも「いろいろなことを体験できた」という奇跡。心の中で喜びながら見守り続ける度量が持てれば、理想的です。

(5)学びの対象
形のあるもの、答えのあるものばかりに目を向けてしまわないよう、気に留めておきたいです。

スクール・教室で習えるもの─スポーツ関連、外国語、お勉強、芸術関連etc…は、すべて形・答えのあるものです。

これらが無意味なものとは思いませんが、幼い子どもが「学ぶ」べき最も大切なことは、別の場所にあると、私は考えています。

その「別の場所」とは、「日常の遊び」。しかも、「外遊び」は、子どもにとって最高の学びの場・成長の場です。

同様に、「家庭の日常生活」にも、学び・成長のレッスンがいっぱい詰まっています。

習い事をテーマにしながら、ミもフタもない結論になりますが、普通に暮らし、天気の良い日にはなるべく外に出て、日頃から子どもの「やりたい」「やってみたい」を見守ってあげるだけで、本来は充分なのだと思います。

 

 

 

紀伊谷高那

モンスター保育園・幼稚園の恐怖事例

安心して子どもを預けられるはずの保育園や幼稚園。そこに問題のある保育士や幼稚園教諭がいたら……。今回、20~40代男女が、「担任になってほしくない」「関わりづらい」と感じているモンスター保育士・幼稚園教諭の事例を集めた。

まずは、モンスター度・初級(「筆者が集めたエピソードの中では比較的軽度であり、初級と分類してみた」と補足しておく)の事例から見ていきたい。

「モンスターと言うほどではないですが、言葉遣いが雑な幼稚園の先生がいて、子どもにうつらないか気になります。

 子どもに向かって『マジかよ~』『おせ~よ』みたいな言葉を使っているのを聞いてしまったことがあり、園長先生に相談しました。でも、今も改善されているとは言えません」(20代女性)

 新しい言葉を周囲から吸収し、やがて自分のものとして獲得する子ども。いくら家庭で正しい言葉遣いや使うべき言葉、使ってはいけない言葉を教えていても、日々一定時間を過ごす幼稚園で、幼稚園教諭の言葉をまねするようになるかもしれない。そう考えると、もう少し丁寧な話し方を心がけてほしいものだ。

 続いて、モンスター度・中級(筆者独自の判断)の事例を見ていこう。

「お世話になっているから、あまり悪くは言えないのですが、幼稚園の先生の中に『保育園とうちは違う』ことを強調する人がいます。ちょっと気になりますね。

『幼稚園ではちゃんとしつけますから、保育園育ちの子とは違いますよ』とか、それって偏見ですよね?今どきそんなことを言う人に驚くし、肯定的なママがいるのにもびっくり……」(40代女性)

 何を根拠に?と尋ねたくなる言い方である。幼稚園と保育園は、ご存じの通り、管轄や法律も異なる。だからと言って、保育園そのものや保育園育ちの子どもを下に見るような発言をすべきではない。

「他の子と違う」「おかしい」「病院に行ったほうがいい」など、保護者を不安にさせる言葉のオンパレードだ。

 もう少し言い方を工夫できなかったのだろうか、言葉を選べなかったのだろうか、とも思える。人は一人ひとり違う。違いを受け入れるような表現をしてほしい。

最後は、モンスター度・上級(筆者独自の判断)の事例で締めたい。

「前に働いていた保育園の同僚だった女性保育士の話です。彼女、とにかく言葉がキツくて怖い人でした。

『◯◯くん、何回言ったらわかる?とろいなあ』『◯◯ちゃん、またお漏らししたの?なんで漏らすの?先生忙しいんだから困らせないで。もう、いい加減ちゃんとして!』など、子ども相手に怒鳴りつけるんです。

 さらにエスカレートしたときは『バカ!』とか、短い暴言が出ることもあります。ヒステリックに怒鳴るんです。それはさすがに……と思いますよね。

『その言い方はひどいんじゃないですか?』『やめたほうがいい』と言おうものなら、『だって何回言っても言うこと聞かないんですよ?じゃあ、◯◯先生が私の代わりにやってください』とキレ気味にかえしてくる始末」(30代男性)

子どもに怒鳴りつける行為は、子どもをおびえさせ、萎縮させることにつながる。一種の虐待にもなりかねない。多忙で心身の余裕がなくなるのも理解はできるが、一呼吸置いて落ち着いてほしい。

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匿名希望

発覚!おぞましい「ブラック保育園」の実態

保育園の実態について
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神奈川県にある認可保育園の園長だったみつこさん(仮名)は2016年、同保育園の運営会社を訴えた。みつこさんは2015年春にA社から採用され、園長として園の立ち上げから勤務していた。そのわずか1年後の提訴。いったい、何があったのか。

現在60代のみつこさんは、保育経歴15年以上のベテランだ。民間の認可保育園長や児童発達支援施設の管理者を務めた経験がある。さらに、公立の障がい者施設、老人介護施設でも働き、福祉に関わり40年の人生である。

みつこさんは小規模保育園が対象とする0~2歳児の子どもたちについて話す。「この年頃の子にはスキンシップが一番です。叱ることなんてありませんよ」「あふれるほど愛情を注げば、あふれた分、大人になったとき、その子は人に愛情を注げる人になる。それが私の保育理念です」。

保育園の園長になってから約半年後に適応障害
こうして半世紀弱のあいだ社会福祉に人生をささげてきたみつこさんだが、園長として働き出してから約半年後の2015年10月に適応障害の診断を受けた。原因の1つは、A社での園長業務の中で毎月80~90時間にもおよぶ残業を続けたことにある。

そもそも、みつこさんの園には必要な保育士の人数がそろっていなかった。驚くべきことに、A社は他県の系列園で働く保育士を、みつこさんの園の職員に仕立てあげて自治体に届け出ていた。こうすることで、実際にはそこで働いていない人の人件費が、A社に補助金として入る。

ただ、実際に職員は配置されていないために、現場では慢性的な人手不足が続いた。みつこさんは、園長としてどうにか現場を回すために一日中働いた。早番と遅番の保育業務を担当しながら、昼の時間帯に園長業務をこなす。残業だけでは間に合わず、持ち帰った仕事もある。

みつこさんに、さらなる苦難が襲いかかる。きっかけは、就職後まもない2015年4月末ごろ、みつこさんのもとに、市内にある系列の大規模園の職員から「園児への虐待が疑われる職員がいる」という相談が寄せられたことだった。

さらに、5月のはじめには、地元住民からみつこさんの園への通報があった。

同じ市内にあるA社系列の保育園で、女性保育士が、園児に対して虐待ともとれる行為をしていたというのだ。

その住民の話によると、近隣の公園で課外活動をしていた際、園児の1人が泣き出したが、付き添いの保育士が「そこでずっと泣いていなさい」と泣かせ続けたのだという。

同じ保育士はほかにも問題行動を起こしていた。「グーチョキパーで何作ろう」という手遊び歌があるが、その保育士は「グーとグーでパンチ!」と園児を叩いていたというのだ。そして園児がよろけると、ふざけた様子で「よろけてるー、お母さんには見せられないけれどねえ」と笑ったという。

その様子を見て「あれはなんだ?」と思った住民は、保育士のポロシャツに書かれた社名とマークを頼りに、みつこさんの保育園と区役所に問い合わせた。

 

 

 

大越菜央 

仕事は苦役ではなく、“社会で誰かの役に立つ”」ことだと子供達は心の深い所で知っている!

子供の成長に関する気になる記事があったので投稿します。
週間:事実報道 2019年1月31日 弟197号から引用します。


>市民記者投稿
子供は親を通じて 「会社や社会との向き合い方」学ぶ

子供は、親が気にする以上に親を見ているといいます。それは、親を通じて世間を見て、その向き合い方を学んでいるからです。それを実感したお母さんからの投稿です。

「お母さん行かなかったらみんな困っちゃう」
フルタイムで働きながら、子育て(5才男子)をしています、 いつもは保育園のお迎えの時間に帰らせてもらっているのですが、その日はどうしても仕事の都合で、お迎え後に会社に戻って仕事をすることに。
 迎えに行った際、息子に「ごめんね、お母さんまだお仕事があって会社に戻らなきゃいけないの。一緒に行ってくれる?」と伝えると、驚く言葉が返ってきました。
それは「お母さん。そこはごめんねじゃないよ。お母さん行かなかったらみんな困っちゃうんでしょう。一緒に行こう。頑張ろう!僕も手伝うから。お母さんつもお仕事いけていいなぁ」と。

 友達が困っていたら、手伝うのが当たり前。子供のそんな素直な気持ちに心が軽くなりました。行くまでの電車の中では「僕も年長さんだからさ、いろんなことできるようになったし。どうしよう?何手伝おうかな?シュレッダー?あぁ早く仕事したいななぁ」なんて言い出す始末。


子供にとって、社会は未知でワクワクするもの

◆「仕事って“社会で誰かの役に立つ”」子育てをしながらフルタイムで働いていると、寂しい思いをさせてしまうこともあり、時々それを心苦しく感じることもありました。けれど、この話を通じて、息子は働く私たちの背中から、「仕事って“社会で誰かの役に立つ”ことなんだ、そしてそれはすごく楽しい(エネルギーが湧く)ことなんだ!」と感じているんだと逆に教えてもらいました。
引用終わり


 大人はいつからか仕事は苦役となり、自分の自由を奪うものになった。仕事がわからない子供には更に迷惑をかける厄介物になっている。そんな気持ちを見直した瞬間だろう。

「仕事って“社会で誰かの役に立つ”」が、「僕も年長さんだからさ、いろんなことできるようになったし。どうしよう?何手伝おうかな?シュレッダー?あぁ早く仕事したいななぁ」
に繋がっている。それは誰かの役に立ちたい。役に立てたら自分も嬉しい。役に立つことが「仕事」なのだろう。

大人の苦役とは程遠い。

子供達が、そんな気持ちで育てば、行動して失敗。何とか工夫(追求)して克服。一人で出来なければ仲間に声を掛けて突破する。これを継続するだけで人間力は上がるし、おのずと社会は良くなる。

大人はもっと自分の生き様を見える化することで子供と喜びを感じた方がお互いによいのではないかと思う投稿だった。実践してみよう!

 

 

 

酒井俊