“感動”が子どもの「生きる力」と「脳」を育てる! 自己肯定感を高める体験とは?

“感動”が子どもの「生きる力」と「脳」を育てる! 自己肯定感を高める体験とは?
リンク)より転載

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子どもが感動しているときの表情はきらきらと目が輝いて、見ているほうも嬉しくなるものです。そんな純粋な感動の瞬間が、子どもの生きる力や脳の成長につながることはご存知でしょうか。

感動といっても、ダイナミックな絶景やお涙頂戴の映画や本といった、いわゆる感動モノに無理に触れさせようとする必要はありません。子どもは元来”感動屋さん”。大人が思うあつらえ向きの感動シーンではなく、さまざまなところで感動できるものなのです。

ならば、子どもがその感動の回数をたくさん重ねられるようにするには、大人は何をしてあげられるのでしょうか。まずは、感動体験が子どもの成長に良い影響を与える理由から、お伝えしていきます。

■感動は「生きる力」の源

大人になれば何度も目にしたものに対しては感動が薄れ、新たな刺激を求め旅行に出かけたりするもの。しかし小さな子どもたちにとって、この世界は初めての経験であふれています。大人はチョウを見てもそれほど感動はしないが、小さな子どもは美しいチョウを見て、ものすごく感動するものだと、教育関連著書を多く世に送り出している脳医学者の瀧靖之さんも言っています。

しかし現代の子どもの「体験」といえば、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」が多くを占め、実物に実際に関わっていく「直接体験」が、親世代が子どもだった頃よりも圧倒的に減ってきています。

だからこそ、多くの直接体験を促して感動する機会を増やしていきたいもの。自然の中に生きる美しいチョウを実際に目にするには、家の中でタブレットの画面にかじりついているだけではできません。


“「生きる力」における能力は、今まで経験したことのない課題に出会った時に、自ら問題解決を図る能力が重要な位置を占めている。体験活動で得た感動は、問題解決のきっかけになることもあり、また感動そのものが直接的に生きていく自信につながる場合もある。感動は、正に「生きる力」の源であると言えよう。”
(引用元:兵庫県教育委員会/感動体験プログラム構想委員会(平成9年), 『感動体験を目指す教育の展開』)

花から花へと移動している様子や、捕まえられそうで捕まえられないその舞い方、そして触れれば手指に残る鱗粉……。たった一羽のチョウに初めて出会っただけでも、幼い子どもならば多くのことに感動することでしょう。その感動が心に強く残れば、子ども自らがたくさんの疑問を持つことになり、図鑑や調べ学習へと展開されていくはずです。

感動や驚きとともに訪れる「なぜ、どうして」が、実際の生活や社会に結びつく大きな学びとなるのです。

■感動が脳を刺激して「強い記憶」となる!
脳は理解なしの丸暗記が苦手ですが、感動なしの丸暗記もまた苦手、というのは諏訪東京理科大学共通教育センター教授の篠原菊紀先生。感動は記憶力アップにも大きな影響があるというのです。

“記憶を高める秘訣は感動を込めて覚えることです。「うんうん」と感動しながら、ワクワクするような気持ちで思い込むことが大切です。
 覚えたいことに感動を込めて理解する。するとますます感動を呼び、記憶効率が高まっていく。そして、そこに「快」がともなう。これが勉強にハマる本質であり、世界を理解することの快感です。”
(引用元:篠原菊紀(2010),『子供が勉強にハマる脳の作り方』,フォレスト出版.)

感動は強い記憶となり、それがさらなる知的好奇心へとつながり、勉強への意欲が増していくのであれば、感動体験は多ければ多いほどいい影響があることがわかります。

■感動体験の多くは家の外に
感動の瞬間は、直接的・具体的な、本物やライブでの実体験を通して、子ども自身が深く興味・関心を抱き、じっくりと観たり聴いたり、触ったりすることで訪れます。

このとき大切なのは、大人が感動を促したり押し付けたりするのではなく、子ども自身が主体的に動いたり感じたりすることによって本当の感動体験となるということ。大人ができることは、あくまでも時と場の提供であり、感動するのは子ども自身です。もっとも、大人が純粋に感動することは子どもにとっても好影響。どんどん一緒に感動体験を重ねていきましょう。

感動体験ができる場所といえば、多くは家の外。瀧靖之さんは、特に自然にはどれだけ勉強してもわからないことがあり、どんなに知っても知りきれない新しいことがあると言います。

アインシュタインはこんな言葉も残しています。
“ 知的好奇心、その存在意味は、問い続けるのをやめないことだ。
 自然は、人の知的好奇心を永遠にやめさせません。
それは年少のうちから知るほどに感動が大きいでしょう。感動が大きければ忘れない、ずっと大切な原体験(その人の一生に残るような、初めての重要な体験のこと。原体験は、その人のその後の思考や価値観に影響を与え続けると言われています)として、子どものなかに生き続けていくのです。”
(引用元:瀧靖之(2018) ,『アウトドア育脳のすすめ』,山と渓谷社.)

(中略)

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 大人よりも子どもの吸収力が圧倒的に高いのは、感動の瞬間が多いからなのかもしれません。子どもの目が輝いて、表情に「!」や「!?」が現れればそれこそが感動体験。大人も一緒になってその感動を共有できるといいですね。

 

 

 

紀伊谷高那

「よいお母さん」像に囚われていませんか

10月から幼保無償化が始まる。

ただ、無償化されたからといって“よいお母さん”にとっては、負担が軽減されるわけではない。子育てを個人から解放し、集団課題化していく必要がある。

以下、BOOKSTANDニュースより。
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 今回ご紹介する書籍『スウェーデンの保育園には待機児童はいない――移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし』の著者、久山葉子さんも、そんな疲弊したママの1人でした。

 理想の子育て環境を求めて2010年、「待機児童がいない国」スウェーデンに移住後は、サダム・フセインの愛人の自伝『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』(主婦の友社刊)の翻訳を皮切りに、『悪意』(東京創元社刊)など手掛けた翻訳は多数。いまやスウェーデン・ミステリ翻訳家として活躍中の久山さんですが、初のエッセイとなる本書では、日本での保育園生活を以下のように振り返っています。
 
 「しかし何よりも、"子供の持ち物を手作りするいいお母さん"を強要されるのが息苦しかった」(本書より)

 「よい親とは、特に、よいお母さんとはこうあるべき――子供が保育園という社会にデビューするなり、世間からのプレッシャーにさらされることに気づいた」(本書より)

 スウェーデンの保育園は、オムツはパック丸ごと1袋持っていけばよく、タオルはすべて使い捨てのペーパータオル、お昼寝布団のシーツは園で洗濯。さらに昼食だけでなく朝食も提供されるのが普通であり、保護者の労力も精神的負担も非常に少ないことに驚きます。

 また、各家庭の家事育児についても「スウェーデンに来て、こんなに手を抜いてもいいものなのかと驚かされた」(本書より)と述べ、非常に"手抜き"している点に言及。たとえば、野菜を切るだけの「野菜スティック」、焼くだけの冷凍食品の多用など、パパママが夕食づくりにかける時間は平均20分。

 「日本のパパママは、もっと食事作りに手を抜いていいと思うし、それでも世界規模で見れば毎日すごいご馳走を作っているのだと自分をほめてあげてほしい」(本書より)

 夫婦でそれぞれ働いているのだから、そもそも料理に手間をかけることは難しいこと。合理的に考えて家事ハードルを下げなければ、共働き生活は成立しないと指摘する本書からは、スウェーデンでは、日本のようにママ個人の努力を"美徳"とみなす意識はなく、子供は国全体で育てるものであるというマインドが伝わってきます。
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リンク

 

 

竹村誠一

N高生インターンの実力がすごい①

epinote 2019.9.12も記事より
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高校生が企業の成長を牽引する時代
注目の「N高生」インターンの実力とは

近年の情報社会において「IT技術」の利用は増幅の一途をたどり、「IT」や「テクノロジー」に関する知識はますます必要とされる時代となった。

それは「IT企業」だけに限った話ではなく、「あらゆる業界の企業」においても、企業価値向上のためにはテクノロジーを活用した新たな取り組みが必要となってきている。

そこで多くの企業は「革新化する技術」に対応できる、変化に柔軟で発想豊かな人材を求めているが、

元々その分野に苦手意識を持つ社員の育成には限界があり、

専門性の高い人材を採用するのは、近年の「売り手市場」の中では現実的ではない。

そんな中、「ITスキル」と「創造力」を兼ね備えた人材育成に注力している教育機関がある。

N高等学校、通称「N高」だ。

N高とは、学校法人角川ドワンゴ学園が設立した通信制の高校で、「プログラミング」や「Webデザイン」など、高度な専門的技術が学べる。

現在、設立4期目となり、既に10,695人(2019年7月時点)の生徒が在籍する。

これまで “通信制” というとネガティブな印象を持たれがちだったが、近年ではポジティブな選択肢として選ばれている「N⾼」をはじめ、

世界を回りながらオンラインで学習をすすめる「ミネルバ⼤学」など、オンライン上で知識を深める教育⽅法が当たり前のように浸透し始めている。

また、生徒の貴重な時間を「IT ツールを活用したプロジェクト型の授業」や「生徒のやりたいこと」に充当し、主体性を最大限に尊重した教育を行っている。

実際に、在籍する生徒は物心ついた頃から、身の回りに「パソコン」や「スマートフォン」があったデジタルネイティブ世代で、

幼い頃からプログラミングなどのエンジニア領域の勉強をしている生徒が多いという。

N高内でも普段から「Slack」や「GitHub」などのITツールを活用しながら「IT×グローバル社会」で役立つ実践的な教育カリキュラムが組まれている。

そんな革新的な教育カリキュラムをもつN高が2019年4月、日本最大級の長期実践型のインターンシップ情報サイト『キャリアバイト』を運営する株式会社アイタンクジャパンと提携し、大きな話題となった。

優秀かつ成長意欲の高いN高生が、次々に企業へと参画し、活躍していると言うのだ。

実際に『キャリアバイト』を運営するアイタンクジャパンも、「N高生」をインターン生として採用している。

エンジニアとして勤務する藤原日向葵さん(15歳)が、その一人だ。

アイタンクジャパンの開発責任者曰く「プログラム開発に対する熱意」「成長意欲」において、同時期に面接を行った有名大学の学生をも遥かに凌いでいたという。

「本格的にエンジニアの勉強を開始したのは、中学3年生の12月頃。プログラミング自体は、小学生のころから学んでいました。

何かやりたいことが今後できたときに、自分でやりきる力をつけたいと考えたのが、インターンを志望した動機です。」

藤原さんの実務内容は、ウェブのバックエンド開発。
最近はバックエンドだけではなく、フロントエンドも兼任し、週3~4日で勤務している。

採用後、1週間ほど社内で使っている「ツール」や「フレームワーク」の学習を行い、 その後、会社側から要求されたデータの自動抽出等のシステム開発を担当。

個人差があるものの、これまでのインターン生ではこの業務を2~3ヶ月ほど行い慣れたところで次のステップに進むというが、 藤原さんは3週間ほどでデータ抽出等の業務をマスターし、「ユーザーが直接操作するページの開発」や「データベース構造のチューニング」等を行えるようになった。

採用から4ヶ月たった現在では外部サービス連携の窓口を務め、 外部の社会人エンジニアと協力してAPIの仕様決め・実装を任されるまでになっている。

まさに「即戦力」として高校生が採用されつつ、モチベーションの高さから会社への貢献度も向上した成功例だろう。

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②へ続く。

 

 

 

池谷菜奈子

N高生インターンの実力がすごい②

①の続き
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「京都イノベーション株式会社」にて、N高生としてインターン勤務する鎌谷天馬さん(17歳)も企業にとって欠かせない存在になっている。

「元々プログラミングの勉強をしていたのですが、仕事の場で実践的な経験を積みたかったのがインターンを始めた理由です。」

同社は、AIやIoTなどの先端技術の研究とそれらの技術を活用した「システム開発」や「Web制作」を手がけている。

鎌谷さんは、同社の受託開発プロジェクトにおいて、Webアプリケーション開発の実装をメインに担当している。

インターンを始める前から「Webページの制作・納品実績」があり、「プログラミングスキル」も持ち合わせ、クライアントやパートナーと連携してプロジェクトを推進した経験もあったため、抽象度の高い案件やタスクにも柔軟に対応できる、というのが同社での評価だ。

「ゆくゆくは、プロジェクトマネージャーとしてクライアントとの調整や仕様決定にも関わりたい。そして、AI分野の研究や開発で世の中にインパクトを与えたい」

そう語る鎌谷さんは向上心に満ち溢れていて、現在も学業の合間を縫い「週3日」で勤務し、スキルを磨いている。

また、 “長期的な” 関わりをもてるのも、高校生インターンの魅力だ。

進路によっては、その後大学に進学してからも継続してインターン参画が可能なため、長期間での勤務を想定できる。

また、N高生の場合、他の高校生と比較し、卒業後に「社会で活躍すること」を考える生徒も多いため、そのまま "即戦力" として企業に参画する可能性も十分ありうる。
※『平成30年度 文部科学省 学校基本調査』に基づく

「企業理念」や「社内風土」などを芯から理解してもらえるため、入社後の両者にとってミスマッチがないのも魅力的だ。

とはいえ、N高生が実際にどのような貢献が出来るのか、まだ具体的にイメージが湧かない方にぜひ参加してもらいたいイベントがある。

通学コース プログラミングクラスでは、月に一度の「LT(ライトニングトーク)大会」、半期に一度の「成果発表会」が行われているのだ。

学内で進行している技術的なプロジェクトの成果を、各生徒がプレゼン形式で発表している。

これまで「成果発表会」は生徒のみが参加する学内イベントであったが、

最近は企業の「経営者」や「開発責任者」、「人事担当者」が実際に足を運んでいるという。

過去には、

「一人暮らしのお年寄り向け“見守りデバイス”の開発・ネットワーク構築」
「アニメーション制作と、その広報サイトの構築」
「株価予想ソフト&ポートフォリオサイトの作成」

などなど、高度な技術力を必要とする成果が発表された。

N高生が、どれほどの技術力を兼ね備えているのか、校外に周知・発信され、今後この「成果発表会」が学校と企業をつなぐ重要な場になっていくだろう。

 

 

 

池谷菜奈子 

麹町中の革命~自治の導入~

公立学校の教育革命の事例として注目を集めている「千代田区麹町中学校」。
その特徴の一つに「自治」がある。
「自分たちの生きる場を自分たちでつくっていく」そんな自主管理の第一歩になっていくのではないかと期待できる。

以下、 リンク より引用
>学活の授業で「自治」を導入
 1960年、山形県鶴岡市で生まれた工藤が東京理科大で教職員免許を取得した後、最初に赴任したのが松山中学校だった。中学1年生の担任になった工藤は、「教育というものの重みを肌で感じました」と振り返る。

「私はもともと人に使われるのも、人を使うのもイヤだと思って、消去法で教員の道を選んだ人間です。でも、中学校にはいろいろな問題を抱えている子がいて、この子たちを放っておけないと思いました。教壇に立ったら、僕を真剣に見つめている子どもたちがそこにいるわけです。その子たちの人生を預かるという責任の重さと、ある種の快感ですよね。俺はこの子たちのリーダーなんだから、頼られる人間にならなきゃと思いました」

 工藤にはひとつ、心に決めていることがあった。子どもの頃、自分が嫌いだった教師のようにはならないということだ。だから、暴力は絶対に振るわない。言いたいことを一方的に話さない。朝の会には、自分の失敗談を披露した。時には授業中に人生論も語った。そうして子どもたちとの距離を縮めていった。

 2年目に入ると、授業に「自治」を取り入れた。工藤は生徒が中心になって授業を作ることができる「学活」の時間を、「君たちにあげるよ。なにをするのか、一緒に考えよう」と持ちかけた。すると、子どもたちからどんどんアイデアが出てくるし、自ら動く。

 見違えるように自発的になり、いきいきとし始めた子どもたちを見て驚いた先輩教師たちは、「もっと任せてみよう」と工藤を生徒会の担当に据えた。そこで工藤は「文化祭を企画してみなよ」と生徒に提案した。

 工藤の頭のなかには、自由闊達だった母校・山形県立鶴岡南高時代の思い出が強く残っていた。そこでは修学旅行も、文化祭も、体育祭も生徒が主導していた。

 同じように、工藤は中学校内のさまざまな行事やイベントの責任と権限を生徒に与え、生徒はそれに応えて見事に自治を拡大した。「生徒の自律に委ねる」という挑戦的な取り組みは、この時から始まったのだ。

大人が変われば子どもも変わる
 家庭の事情もあって5年間で松山中を離れた工藤は、東京の台東区にある上野中学校に移った。そこには飛び抜けて優秀な子もいれば、地元でドロップアウトして越境入学してきた子どもたちもいて、混沌としていた。まだ教師の体罰が容認されていた時代で、教師と生徒の間には緊迫した雰囲気もあった。

 ここでも、工藤は山形と同じスタンスを貫いた。暴力は振るわない。叱る時にも言葉を選ぶ。人生を語る。そうして少しずつ生徒たちの心をつかむと、周囲の教員の協力も得て自治を拡げていった。

 7年目、従来は教師が業者と決めていた修学旅行の行程や内容について、子どもたちに任せた。東京駅から出発して、東京駅に帰ってくるまでの間、教員はほとんど指示を出さなかった。生徒たちが自分たちで考えて動いたからだ。

 その後、別の「教育困難校」を見事に落ち着かせた工藤は、都内のいくつかの地域の教育委員会で勤務し、2014年、校長として教育の現場に戻った。それが、麹町中学校だ。

 ここまでの歩みを見れば、わかるだろう。23歳で教職に就いてから、工藤が実践してきたことはひとつだけ。「自ら考え、決断し、行動できる自律した人間を育てること」という「目的」を果たすための「手段」として、あらゆる取り組みが行われているのだ。

教員たちも変わり始めている。

 「うちは民間の方がよく出入りするので、教員にとっては大きな刺激になっていると思います。言葉を交わしたり、考えに触れたりすることで、学習指導要領の解説を読んで考える教育像ではなくて、世の中で必要な教育像とは何かを教員自身が自分で考えるようになるんですよ。6年目に入って、かなり自走できるようになったと思います」

 今年4月10日、麹町中の体育館で行われた新入生向けのオリエンテーション。生徒による司会進行のもと、生徒会をはじめ各委員会の担当者が壇上に立ち、パワーポイントを操作して活動内容を伝えていた。オリエンテーションの始めから終わりまで会場にいたが、教員がマイクを握ったのは部活について簡単に説明をした1回だけだった。

 

 

 

望月宏洋

「中高生への過保護」が生む悪循環 ~手を離せず再び「枠」にはめようとする親たち~

いつになっても、子どものことが心配なのが親だと思います。しかし、単なる心配ではなく、さまざまな手を使って子どもを親の思いどおりに変えようと思うところから悲劇が始まります。

□□□□リンクより引用□□□□

●子育てパターンを“動物”にたとえると…
基本的に人を変えることはできません。また、親と子どもは別人格であり、親が思うことが子どもにとってよいとは限らないこともあります。

さらに親は人をやる気にさせるプロでもありません。そのような焦りと無知な状況で、あれこれ行うと、行えば行うほど悪化するという事態を招くこともあります。

子どもの声を代弁すると「放っておいてほしい」でしょう。親が子どものことを思えば思うほど、その愛情が形を変えて、「余計なお世話化」している可能性があります。そこで、内田さんには、次のようなお話をしておきましょう。

子育てのパターンには、3つの型があります。子どもを“動物”に例えるのはよくはないのですが、わかりやすいため、あえて動物に例えてご説明します。

<動物園型>
動物園の動物は、安全・安心で、食べ物を自分で取りに行く必要はありません。いつも決まった時間になれば食べ物が与えられ、体の掃除もしてくれます。しかし、行動の自由はかなり制約されます。また動物園にはたくさんの種類の動物がいますが、お互いが交流することはなく、いつも同じ種類の同じ顔を見て生活しています。

<牧場型>
牧場には、大きな柵があります。広い牧場にいる動物たちは、「自分たちは自由」と思っていますが、実はよく見ると「柵があった」という感じです。この牧場には、さらにいくつもの規模があって、柵が見えないぐらいの広い牧場、柵は見えるけれど広い牧場、牧場という名の狭い広場など。どの牧場が動物にとってストレスがなく、自立的に動けるようになるかは明白です。

<サバンナ型>
サバンナ型は文字どおり、サバンナで生きる動物を指します。サバンナなので、守ってくれるものはなく、自分のことは自分で守っていかなければなりません。このサバンナ型は、たくましく生きられる代わりに、いつ危機に直面するかわかりません。
ほかにも動物が存在する場はあるでしょうが、わかりやすいのでこの3つの型を挙げました。


人間の場合、赤ちゃんのときは動物園型です。赤ちゃんはご飯もいつも食べさせてもらえるし、体も洗ってくれるし、泣けばすぐにお世話してもらえます。間違っても、いきなりサバンナに放たれることはありえません。

さらに3つのコースに分かれていく
その後、子どもが成長し、行動範囲が広がります。しかし、目を離すとどこへ行くかわからないし、何をしでかすかわかりません。そこで、親の監視の目が入ります。それによって子どもは安全が確保されます。この親の見ている範囲が「牧場の柵」にあたります。未就学児、小学生、中学生と成長するにしたがって、牧場の柵は遠くになります。

そして、大人に近づくにしたがって、徐々に“サバンナ”へと移動し、最後は自立します。

これが一般的なあり方ですが、こう簡単に移行するとは限らない場合があります。子どもが幼稚園、保育園に行くようになる頃から牧場型になるのですが、中学生になったあたりから、次の3つのコースに分かれていくのです。

コース1)牧場の柵が遠くなっていく
通常のルート。子どもの行動範囲も広くなり、子どもの自主性に任せていくが、親は遠くから見ている状態。さらに子どもに「自分のことは自分でする」という観念を小さいことから教えているため、親が見えないところ(遠く離れた柵付近)でも、行動の善悪、安全・危険の判断ができる。

コース2)牧場の柵が近くなっていき動物園に戻る
「私が見ていないとダメ」と考える傾向にある親が陥るルート。子どもよりも親が将来を不安視し、子どもの欠点、短所が気になりそれをいじり、親の考える枠に入れようとする。子どもは、その枠を嫌い、飛び出そうとするが、親はそれを制止する。

コース3)完全放置のサバンナに放つ
子どもが自主管理できるようであれば、これが本当の意味の「自立」となるが、そうでない状態で“サバンナ”に放つと、いつ危険な状態に陥るかわからない。子どもがどのような行動をとっているのかまったく感知しない状態であるため、ある意味親としての責任は放棄した状態になる。

この3つのどのルートを選択するのかは、親の判断になります。

しかし、親としてはコース1の広い牧場拡大型を選択したいと思いながらも、目の前の子どもの状態を見ると、いつの間にかコース2の動物園型に戻ることがあります。まさに、内田さんはこの状態にあります。

では、どうすればいいでしょうか。ここからが重要です。

これまでずっと子どものことを心配し続け、八方手を尽くしてきた人にとって、いきなり方向転換をすることは難しいですが、変わるための“きっかけ”をつくることはできます。
「今、私がやっているのは動物園経営だった」と自覚し、それをやめて、牧場型にすると「決める」ことです。多くの場合、「決める」ことをしないため、いつまでもズルズルになっていくのです。

牧場のイメージを作ってみてください。そして、その中で自由に活動している動物たちを思い浮かべてください。もし自分もそうされたら自由に行動しつつも、大きい枠の中で安心、安全がある状態で楽しめるはずです。

 

 

 

井垣義稀

若き天才候補はこうして生まれた 子育てで母が息子に伝えたことは

■若き天才候補はこうして生まれた 子育てで母が息子に伝えたことは(リンクより

:::以下転載:::

アインシュタイン相対性理論と共に、現代物理学の双璧を成す量子力学コペンハーゲンにある、その創始者の名を冠した「ニールス・ボーア研究所」の研究員に抜擢(ばってき)され、4月から研究生活をスタートさせた日本人の若き「天才候補」がいる。

▼あらゆる生命に共通する法則を求めて

姫岡優介(27)。

姫岡の研究対象は「生物」だ。だが、5月に彼の研究室を訪ねると、そこには試験管も実験動物も見当たらず、姫岡自身はノート代わりのタブレットで、数式と格闘していた。「僕が専攻する『普遍生物学』は、生まれたばかりで大きな可能性が広がる『ブルーオーシャン』。やりたいことが山ほどある」

現代の主流である分子生物学は、再生医療など大きな成果を上げてきた。しかし、生物の中で起きる化学反応は極めて複雑で、調べてもきりがない。「生命の謎が分かった!」という実感を得るには、複雑さの背後に存在する「生命現象の法則」を、物理学や数学を駆使して追う方が有効ではないか。

普遍生物学は、そんな問題意識から生まれた。姫岡の恩師、東京大学大学院教授の金子邦彦(61)によれば、目標は「地球外生命にも当てはまるほどの普遍性を持つ、生命理論の構築」だ。

「天才」アインシュタインやボーアの出発点は「世界の謎を解く」という純粋な探求心だった。その成果は、私たちの宇宙観を変え、情報技術(IT)の発展につながった。姫岡が普遍生物学に取り組むのも、「自分とは何か」「生きるとはどういうことか」という切実な問いの答えを探すためだ。


▼子どもの「なぜ?」に必ず耳を傾けた母

 3月、コペンハーゲン行きの飛行機が出発する直前、姫岡は母親の中原浩子(56)にラインでメッセージを送った。「あなたの子どもで幸せでした」。幼い頃から彼の小さな問いかけを受け止め、守り育ててくれたからだ。

浩子は姫岡について「砂場でいつまでも砂をいじり、自分の手をじっと見ている子どもでした」と振り返る。

「なぜ?」という問いかけがあると、浩子は必ず家事の手を休めて耳を傾けた。「後でね」と言った瞬間、子どもの「知りたい」という好奇心を殺してしまうと考えたからだ。2歳の姫岡に「雪ってなぜ降るの」と問われれば、「空気中の水分が、高い所で冷やされて、氷になり落ちてくるから」ときちんと教えた。

理屈っぽく、大人びた子に育った姫岡は、周囲の子どもから浮いていた。小学校ではいじめにあった。「なんで生きているんだろう」。幼心にそう思い詰めた。

浩子も「自分の子育てが原因かも」と思い悩んだが、「20歳になった時に自分の人生を自分で切り開くような人間に育てるのが私の仕事だ」と考え、教育方針は変えなかった。有名私立中への進学も考えたが、最終的に選んだのは、千葉県木更津市の私立中高一貫校暁星国際学園ヨハネ研究の森コース(研究の森)」だった。

山中にある全寮制学校は、6学年合わせて生徒数50~100人程度。教科書は使わず、討論形式の授業で「進化論」「地球温暖化」などの大テーマを1年がかりで探求する。生徒たちは分厚い専門書を読み、一般の教科学習は生徒の自学自習にゆだねる。通常の学校教育から見ればかなり型破りだったが、浩子は「ここなら、優介が心ゆくまで疑問を持ち、考えを深められる」と感じた。

▼「学ぶことは生きること」

「研究の森」代表の言語学者横瀬和治(72)は「疑問を持つこと、答えを探すことは、生きることの一部」と話す。「勉強なんてへどが出る」と言う人さえ、「なぜ、こんなことをやらねばならないのか」「どうすれば幸せになれるのか」という真摯(しんし)な問いが根っこにある。「学び」とは本来、そんな自発的問いに支えられた行為だ。

一方、学校教育は「将来のため」と称して「今、生きること」とは何の関係もない知識を伝えようとする。それは学びとは対極の「苦行」だ。自発的に学べる環境を作るには、そこから離れる必要がある――。そんな横瀬の考えを具現化したのが「研究の森」だった。

姫岡自身、当初から自発的に学ぼうとしたわけではない。ある日、批評家・吉本隆明の「共同幻想論」に触れ、世界が変わった。自分がいじめられたのも、いじめる側が「友達集団」という共同幻想を維持するために、誰かを仲間はずれにする必要があったからではないか――。そう思い至ると、心が軽くなった。「学問はすごいな。やりたいな」。そんな思いが自然にわいてきた。

自ら本を読み、討論にも積極的に参加するようになった。小学生の頃、教室の隅っこにいた姫岡は、「研究の森」ではリーダーへと成長していった。

姫岡は言う。「『研究の森』では『未知の領域、分野をどうやって自分の中に落とし込むか』という根本的なスキルを身につけられた。どこに行っても大丈夫、という自信ができた」

:::以上転載終わり:::

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石山 巌