公立中学は「運転免許試験場」以上に多種多様な人と日常的に接する場②

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 32歳の時、中学の同級生が地元のスナックで同窓会をするというので行ってきました。多くがすでに子持ちで、小学校の運動会の写真を見せてくれたりしました。欲しいものはミニバンと作業用の新しい安全靴だと滔々と語る同級生もいました。

 この日は本当に様々な職業の人々が来ていましたが、20歳を過ぎると通常は同じような境遇の人しか合わなくなるものです。現在私が属するITやマスコミの業界については、多くが「大卒」「東京都心の生活に慣れている」「私服で仕事をする」「ちゃらい」「稼ぎはそこそこ」「新しもの好き」となります。だから、打ち合わせをしても案外似たような企画が出てきて、結果的に繰り出す企画もどこか似たような発想のものになりがち。
 こうした企画を発信する主体が、我々のような人なだけに、もしかしたらとんでもなく全体から考えれば的外れなものになっているかもしれない。「世の中には多種多様な人がいる」という当たり前のことを普段の仕事をしていると忘れがちです。

 しかし、公立中学で3年間を過ごすとそういった感覚は体に染みついているところがあります。たとえば私は大学卒業後、広告代理店に入りました。世間からいえば「エリート様」的な面もある会社です。これまた「一流企業」たる自動車やパソコンの展示会といったイベントのブース運営をするのですが、来場者に無料のスナック菓子やらレトルトソースを配ります。

 アンケートを書いてくれる対価としてのものなのですが、これらを配ることをアナウンスするとすぐに数百人の列ができる。行列に並ぶ人にアンケートを渡し、それからしばらく待ってもらうわけですが、たかだか100円の菓子のために20分並び、アンケートに記入する。

 これを見て「なんでこんなもののために並ぶんだろうね……」と若干見下すようなスタッフもいましたが、私は「これが人間なんだ」ということを分かっていました。彼は世の中の上澄みのようなところしか見ていない人生を送り続けてきたのでしょう。だからこの行列が信じられなかったのです。同様に、現在、私は記事を編集する仕事をしていますが、「東京のIT好きなホワイトカラー」の視点だけではいけないと自らを戒めて記事を送り出しています。

 もしかしたらお子さんが中学受験に失敗し、地元の公立中学に行くことになるかもしれません。でも、公立中学に行くと様々な家庭環境を見ることができますし、それこそ「運転免許試験場」以上に多種多様な人と日常的に接することになります。そうすることによって「人間」を理解できるようになるのは、人生にとって必ずプラスになります。長い目で見れば公立中学は悪い選択ではないと今になってしみじみと感じます。

 

 

 

坂本伸一