学校を出て、就職して、という選択肢を奪われて育った少女の「生き直し」

 点数では図ることが出来ないありのままの姿を見てあげることを放棄した学校には、本当の教育機能がなくなってしまい、その代替機関も失われつつある実態が報告されたコラムです。

 家庭にも安らぐ場が無く、行き場を失った子供たちを受け入れ、少しずつ人間らしさや生きる術を伝えていく様は、本当の教育のあり方がどのようなものかを考えます。

 塾のあり方とはズレる話題かもしれませんが、投稿させていただきます。
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未成年妊婦の「学校で居場所だった」住吉市民病院閉鎖へ
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 今月末で閉じられる大阪市立住吉市民病院(住之江区)は、利用者にとってどのような存在だったのだろうか。2012年から同病院の医療ソーシャルワーカーを務めた中辻潔さん(52)は「とくに未成年の妊産婦にとっては学校であり居場所でした」と語る。

大阪市立住吉市民病院の廃止問題、不安の声やまず
 若年や未婚、生活困窮など社会的困難を抱えている特定妊婦の入退院を支援していました。見えてきたのは、貧困のうちに孤立している女性の姿です。

 17歳の若年妊婦がいました。親から虐待され、施設で成長した彼女が新しい命を授かった。コミュニケーションが苦手でしたが、「産みたい。育てたい」と前向きでした。受診を欠かさず、助産師の指導も熱心に受けていました。テキストに読めない漢字があると「なんて読むん?」と口は悪かったですが、ひたむきでかわいかったですねえ。

 普通、「先生」と呼ばれるのは産科医だけです。でも彼女は分からないことがあると看護師や助産師にも「先生、先生」と聞きにくるんです。彼女にとっては「住吉(市民病院)」が「もうひとつの学校」だったんだなと。

今の大阪の学校は窮屈でしょう。統一テストで順位づけされ、点数が教育目標になると平均点を下げる子は排除されます。そうした子の多くは経済的困窮にあって学力を身につけられなかったのです。学校は、点数では計れないありのままの自分を見てくれる場所ではなくなりつつあります。

 ミルクをあげたり抱っこしたりということや愛情は点数化できるものではありません。「母親になりたい」という思いを分かち合い支えてくれる大人がいる居場所として「住吉」は機能していたんだと思います。出産から2年後、彼女が2人目も「住吉」で産みたいと来てくれたことは、私たちの活動の結晶であり、誇りです。

 彼女たちにとって出産は「生きなおし」だったのかもしれません。学校を出て、就職して、という選択肢を奪われて育った彼女が、孤立から抜けだす手段が母親になることでした。妊娠すれば保健師との縁ができますし、出産費用の公費負担など学校では教えてくれなかった制度ともつながれます。赤ちゃんの誕生は、壊れた家族の中で育った彼女たちが家族を再構築していくことでもある。予防接種や育児サークルの案内を受けながら子どもの存在を通して地縁も深まっていく。若年妊婦とは、これ以上の無縁に落ちないようにと懸命に踏みとどまっている姿とも言えます。

 こうした妊娠・出産が貧困の連鎖に拍車をかけているのではないかと自問自答していますが、彼女たちを否定することは居場所を奪うだけです。若年妊婦になることを「予防」する性教育も大切です。その一方で、こぼれ落ちてくる子を受け入れる場所もあっていい。大人が矯正するのではなく、あるがままを受けとめる。生きなおしという再チャレンジを認める。いろんな居場所があっていい。

 彼女たちがSOSの電話を助産師にかけてきてくれたことがありました。私はすごく尊敬しているんです。助けを求めてきてくれたからこそ育児放棄を避けられたのですから。

 子どもの成長とともに生活も苦しくなります。高校中退では安定した仕事に就くのも難しい。若いので自分の人生を生きたいとも揺れます。そうした彼女たちを見守り、SOSを発するエネルギーを認め、育児を支援する。アフターフォローも「住吉」は担ってきたのですが、残念ながら閉院です。

 今後どうするのかを最終的に決めるのは地域でしょうが、彼女たちのような存在を支える仕組みが市民によって作られることを信じています。そのためには「『住吉』とはなんだったのか」の検証は欠かせません。

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坂本伸一