わが国の育児法には、大きな誤りが六つほどある-2~スポーツを強要する国

日本では、子供の頃からスポーツを強要されるが、日本をのぞく先進国では、12歳前後の子供にスポーツを強要しないらしい。その理由は、まだ身体ができあがっていない時分から、激しい運動をすることは、身体を傷めることになってしまうからだ。

以下、ブログ「乳幼児から大人までのリンパマッサージのまどろみ助産院」の『赤ちゃんの進化学』西原克成著の紹介記事より(リンク
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●母親学―――哺乳類にとっての母親とは?

 「子育て六つの誤り」のうち三つぐらいが、小児歯科医の育児学に対する無知のために起こったのであり、残りの三つが、小児科医の無知のために起こったのである。これはそのまま医学の問題でもある。

 本来子供は、両親が祖父母と一緒に育てるべきであるが、今や両親も祖父母も正しい育児法を全く知らない。正しい育児法を伝えるべき医者も学者もいなくなってしまったのである。

 このようなわけで、乳幼児の育児が誤った方向に進んだだけでなく、子供が二歳半になり、子供としての身体が完成してからの保育に関しても同様で、これまた責任者不在のまま、迷走状態をつづけている。

 さらに小・中学校へと進んでも、同様に事態は深刻で、家庭でも学校でも「姿勢・呼吸法・発声法・発語法・食事法・睡眠」というような、この時期の子供の成長にとって、最も大事なことを正しく教えない。

 子供が「ヒトの子」として生まれて、成長して大人になり、そして今度は自分が子供を産み育てるまで…「ゆりかご」から「ゆりかご」まで、人間の身体にはどのような変化がおとずれるのか、それぞれの変化にどのような子育てをすべきなのか…それを考えるのが本書の主旨である。

 戦前の母親は、育てた子供が成人して結婚をした後も、出産から育児までずっとロングランで教育したものである。そして、その子が結婚をして嫁ぐと、その嫁ぎ先にもしっかりとしたアドバイザーがいた。姑と家や村の先輩たちである。

 ところが日本は、戦後、欧米流の核家族化を進めた。その上に住宅事情から家族構成までが昔とは異なり、欧米化してしまった。とくに新婚時代は、広くてもせいぜい2DKのマンションに。隣家との交流も少なく、ひしめき合って暮らしている。しかしそれは“形だけ”をマネたものである。

 現代の日本の子供達は、自分たちが正しく育てられる環境をもとに生まれて来る。これは悲劇である。

●スポーツを強要する国

 日本では、子供の頃からスポーツを強要される。ところが、日本をのぞく先進国では、12歳前後の子供にスポーツを強要しない。まだ身体ができあがっていない時分から、激しい運動をすることは、身体を傷めることをしっているのだ。

 だから野球やサッカーなどのチームをつくることを禁じる国もある。実際、外国のスポーツ選手では、アンダー・ナインテーン、つまり19歳以下の選手は、サッカーなどでもあまり強くない。つまり20歳以下なら、日本のチームが勝つケースが多いのである。

 ところが外国のチームは、20歳を過ぎると本格的に強くなる。身体がちゃんとできあがる上、本格的な練習をつむため、体格的にも体力的にも劣る日本人では、なかなか勝てなくなってくる。

 わが国では、6歳からスポーツクラブでレスリング教室が開かれたりする。無茶なバスケットボールの練習のために再生不良性貧血になって、私の診察室に訪れた、悲惨な16歳の少女もいた。

 また、小学校五年で新体操を始めて、それまで元気だったのが、中学から体調が悪くなり、とうとう普通の高校にも通えなくなり、定時制高校をやっと卒業したものの、20歳になっても慢性疲労がぬけず、廃人同様になってしまった女性の患者さんもいる。学童のスポーツは危険性をはらんでいる。

 私が何よりも言いたいのは、スポーツも結構だが、そこにはまず生命を大切にするこころと精神がなければならないということであり、さらに人類が哺乳類の一員であるという基本的な事実を忘れてはならないということである。

 日本では、政治や経済は自由主義のようだが、医療制度は共産主義社会主義といえるもので、公費負担がその象徴である。

 公費負担というと、弱者救済のように見えるが、社会主義の主要国が破綻したように、こういう医療制度をやっていては、結果的に医学界の破綻をまぬがれない。病気を治さないでも医者は生活が保障されるからである。

 

 

 

斎藤幸雄