「日本人は確かに児童問題を解決している」 と、明治初期に来日したモースは言った。・・・①

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■1.「日本人は確かに児童問題を解決している」■

最近、親の子殺しや、いじめによる子どもの自殺といった痛ましいニュースが相次いで報道されているが、我々の先人は子育てをもっとうまくやっていたようだ。

明治初期の東京大学で生物学を講じたエドワード・S・モー スは『日本その日その日』に、当時の日本の親子の姿をこう描いている。

世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供の為に深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。彼等は朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を、その家の家庭内の仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりする。彼等は満足して幸福そうに働き、私は今迄に、すねている子や、身体的の刑罰は見たことがない。・・・

小さな子供を一人家へ置いていくようなことは決してない。彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけられて、とても愉快に乗り廻し、新鮮な空気を吸い、そして行われつつあるもののすべてを見物する。日本人は確かに児童問題を解決している。また、日本人の母親程、辛抱強く、愛情に富み、子供につくす母親はいない。だが、日本に関する本は皆、この事を、くりかえして書いているから、これは陳腐である。[a,1,p103]

それが、どうして現代日本のような有様になってしまったのか。旭川市で40年も小児科医として多くの子供や親と接してきた田下昌明氏は近著『真っ当な日本人の育て方』で、戦後アメリカから輸入されたジョン・デューイの教育思想やスポック博士の育児論が、現代日本の子育てを崩壊させてしまった事を、最新の母子関係の理論から説き明かしている。

そして、最新の育児理論の説くところは、日本の伝統的な子育てのあり方と驚くほど似通っているのである。

■2.反体制的な『スポック博士の育児書』■
『スポック博士の育児書』の日本語版が出たのは、昭和41(1966)年だった。全国の大学で学園紛争が広がる3年前であっ た。この本は『育児書』と銘打ちながら、反戦・平和、フェミニズムの擁護、資本主義への懐疑など政治的主張が書かれてお り、当時の反体制的雰囲気にアピールしたのである。

スポック博士の育児論は、ジョン・デューイの教育思想を具 体化したものだが、デューイ自身がスターリン独裁化のソ連を旅して、浮浪児たちが収容学校で共産主義を叩き込まれる姿に感銘を受けるような人物だから、その思想的素性は推して知る べしなのである。[b]

『スポック博士の育児書』では、たとえば、次のような主張が展開されている。
・育児にばかり集中はできない。・・・こどもも人間なら、親だって人間なのです。
・常識のある父親(あるいは母親)なら、自分を犠牲にし てまで、こどもにつき合おうとは、おもわないはず。
・3ヶ月になったら、・・・たとえば寝る時間がきたら、やさしく、しかしはっきりと、もう寝なければいけない。
そして、お母さんはそばにいられない、ということをわ からせ、すこしぐらい泣いていても、放っておきます。
・2才ぐらいになると、ひとりでベッドから出てきて、親のベッドへきたがる子です。こんなときは、・・・運動 具店からバドミントンのネットを買っていらっしゃい。・・・こどもを(ベッドに)入れたらネットをかぶせて、こどもの手のとどかないベッドの下で、数カ所を、これ もテープか紐でスプリングにしっかり結びつけられるよ うにしておきます。

伝統的な育児法を権威主義的で親を縛るものとして否定しておいて、結局、「親が楽をしようと思ったとおりやってもいいんだ。子供は自然に育つ」と説いたのである。

■3.「母子は乳房と食物によって結ばれている」?■
スポック博士の育児論は、心理学者のシアーズらが主張した「依存理論」に依っていた。この理論は、母親が子どもにミル クや食べ物を与える事で、母子の絆が成り立つという、いかにも唯物的な見方である。

しかし、この依存理論は間違っていることを決定的に実証する実験が行われた。そこでは、生まれたばかりの子猿に、二つの人工的な「母親」を与えた。二つとも金網を筒状にしたものだが、一方は金網を露出したままで、ミルク瓶がつけられ、もう一方はミルク瓶はなしで、柔らかいタオル地で覆われた。

 「母子は食物を与えることで結ばれる」という依存理論が正しいなら、子猿はミルク瓶のないタオル地の母親など見向きもしないはずだ。しかし、実験に用いた8匹の子猿全部が、タオル地の母親に一日平均15時間以上も接触し、ミルクをくれる金網の母親に一日1時間12分以上接触した子猿は一匹もいなかった。この実験から、子が母親に愛着を示すのは、食べ物ではなく、快適な接触であることが明らかになった。

■4.刷り込み現象■
依存理論に替わって発展したのは、ジョン・ボウルビィの「愛着理論」である。この理論は「比較行動学の父」と呼ばれるノーベル賞受賞者・コンラート・ローレンツが確立した「刷り込み(インプリンティング)」理論に基づいている。

「刷り込み」の判りやすい例は、鳥が卵からかえった直後に、自分のそばで音のするものを親だと思いこんでしまうという現象である。ローレンツはガンのヒナが目の前でかえった時、うっかり声をかけたばっかりに、親だと思われてしまい、ヒナを育てなければならないという大変な目にあった。

この刷り込みは、昆虫、魚、哺乳動物一般にも広く見られる現象で、人間の赤ちゃんにも存在する事が明らかになってきた。

人間の赤ちゃんの場合は、動物ほど単純でも、短期間でもない。生後6ヶ月ぐらいまでの間に、母親に抱きつき、その乳首を吸い、また母親とじっと見つめ合い、微笑み合ったり、母親が話しかけたりする過程で、「この人が自分のお母さんだ」と確認する。

この過程でよく抱かれて、母親との一体感をしっかり育てた赤ちゃんほど、笑ったり、「あー、うー」と話し始める時期が早い。愛と言葉という人間性の特質は、母子の一体感の中から育っていくのである。

何の事はない。昔から日本で行われていた「抱き癖」をしっかりつける事が、赤ちゃんを健全に育てる早道なのであった。

 

 

 

 


加藤俊治