親に愛情を注がれるかどうかで、人生がほぼほぼ決まる

親の愛情を受けるか受けないかで、その子供の人格は変わり、他人との接し方も変わってきます。そして、それによってその人の人生がほぼほぼ決まります。そういう意味で、親の与える影響はかなり大きいのです。

リンクより引用
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親に愛されずに育つ。私はそういう人を多く見てきましたが、本当に悲惨です。何が悲惨って、親に愛されないで育った人間は「愛された経験が足りない」ので自分を愛すことができず、他人に対しても愛情を注ぐことができないのです。

私は他記事で「なぜ足を引っ張る人が存在するのか」という疑問を綴りましたが、実は足を引っ張る人の気持ちは若干分かる。

自分が誰からも支援を受けることができず、誰も助けてくれず、誰からも評価されず、自分という存在価値が大したことがないという現実に直面したとき、人は現実から目を逸らすために「他人の短所をどうにかして見つけ出し、叩いて自尊心を満たす」という行動を取るのでしょう。

要するに防衛本能。精神的な防衛本能だと見ています。

しかし、いい年こいた大人がそんなことをしているのは甘えでしかなく、これも家庭環境が不遇な人に多い特徴になります。

誤解を招かないようにはっきり申し上げますが、家庭環境が悪くても困難を乗り越えて優れた人格を形成した人はいらっしゃいます。しかし、それはレアケースに過ぎず、統計的に見たら「家庭環境が悪い中で育った子供は、大人になってもその影響を引きずる」というのが定番の流れになります。

~中略~

例えば私の知り合いでは親に愛されず、親に捨てられた人がいましたが、その人は父親の愛情に飢えていました。その結果、彼女は手当たり次第に年上の先生に告白し、「仮の父親の愛情」を求めるという行動に走ったのです。

別にそれ自体はどうでも良いことですが、幼少期に愛されなかった人間はコンプレックスを抱えていると思えるほど特別な愛情を求めるケースが多いです。

 愛された経験がないから愛することを知らない、愛することを知らないから人に信頼されず、誰からも期待されない。誰からも期待を抱いて貰えないから自分が嫌になり、他の人が憎く見えてしまう。

悲惨だ。

人は生まれながらにして格差が発生しています。良い家庭環境に生まれた子供は「親の愛情」をみっちり受けて育つので性格が捻くれていないケースが多いです。性格が捻くれていないから10代、20代になっても多くの人から愛され、この世界は愛で満ちていることを知ることができます。

しかし、家庭環境が不遇な状態で育った人間の大半は「他人は信用できない」という考えを抱き、他人を蹴落とし、自分だけがのし上がろうとする発想にたどり着きます。それはそれで1つの生き方になりますが、本当に幸せな人生を送れるとは思えません。

この社会は人と人の助け合いによって構成されており、自分の仕事を務め上げて社会に貢献するから対価(お金)を受け取ることができるのです。

しかし、愛情に恵まれなかった人間はその事実を気づくことができない。そもそもの性格が捻くれてしまっているから大人になっても協力者を集うこともできなければ、誰からも支援して貰えない。

そうして「この世は厳しい。信頼できない人間ばかりだ」と卑屈な考えを抱き、自分をどんどん追い詰めていくのでしょう。

愛されることを知っている人は人を愛す術を理解しています。

この世には信頼できる人間と信頼できない人間が確実に存在している現実を理解することができます。人は自分と同レベルの人間を引き寄せるので、愛情を注がれて豊かに育った人間は「人と協力し合い、お互いに利益を上げていく人」の支援を受けることができます。

結局、誰からも認められないというのは世の中が悪いのではなく、自分が悪いのです。

その根本的な原因が家庭環境であろうと、愛されなかった結果であろうと、それは悔いても仕方ない。過去は変えることができないのですから。

しかし、人格が形成されてしまうと実際問題、大人になってから変えるのはほぼ不可能です。こうして愛に恵まれた子供は大人になっても様々な人から愛され、より良い人生を送る反面、愛されなかった子供は他人を愛すことを知らず、「信頼」の価値も知らないまま疑心暗鬼のまま生きていくように思えてなりません。

 

 

 

 

匿名希望