大人はみんな「自立」の意味を勘違いしている。本当の自立とは?①

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●誰も「自立とは何か?」と考えたことがない
 子どもを自立させたいと、親たちはよく言います。

「うちの子は毎日同じことで叱られている。何度言ってもできない。言われなくても自分でできる子にしなければ。ちゃんと自立させなければ」。
そこで、考えてもらいたいのですが、自立とは何でしょうか?

わが子にとって、あるいは人間にとって、本当に必要な自立とは何なのでしょうか?
みなさんは、それについて考えたことがありますか?
失礼ながら言わせていただけば、たいていの親は一分間も考えたことがないと思います。

みんなが言うことや本や雑誌やテレビで見聞きしたことを、そのまま受け入れて思考停止状態になっています。

親たちが漠然と思っている自立とはこういうことです。

朝は自分で起きて、自分で顔を洗って、食事をしたら自分で歯を磨き、自分で着替えて、自分で学校の支度をして…。

帰ってきたら自分でうがいと手洗いをして、遊ぶ前に自分で進んで宿題をやり始め、次の日の支度も自分でして、玩具で遊んだら自分で片づける、整理整頓がバッチリできる…。

いちいち親に言われなくても、こういった生活習慣的なことが自分でできる、それを自立と呼んでいるのです。

●本当の自立とは自己実現力があること
でも、本当はそんなものは自立ではありません。

それは、親たちがやらせたいことを自動的にやってくれる便利な子というに過ぎません。

自立ではなく自動化です。
親たちの望み通りに動く、親たちにとって都合がよい、手のかからない育てやすい子というに過ぎないのです。

もちろん、そういった生活習慣的なことはできたほうがいいです。
できるにこしたことはありません。
でも、実は、今できないことがあってもそれほど心配することはありません。

なぜなら、本人がその気になれば一瞬にしてできることばかりだからです。
本当に大切な自立とはそういったものとは全く別ものです。
ある意味で正反対かも知れません。

本当に大切な自立とは、自分がやりたいことを、自分で見つけて、自分でどんどんやっていくということです。
つまり、自己実現力のことなのです。

「自分がやりたいこと」を「自分で見つける」のです。
親がやって欲しいことではありません。

自分の人生を自分で展開するということです。
そのために人は生まれてきたのです。
それができる人が本当の自立した人間です。
そして、それは大人になって急にできるものではありません。
なぜなら、その人の生き方そのものだからです。

子どもの頃からさんざん「そんなことはやめて、これをやりなさい」と言われ続けて大人になり、そこで急に「あなたはなにをやりたいの?自分のやりたいことを自分で見つけなさい」と言われてもできるはずがありません。

 ●自己実現力がある人は苦手な生活習慣も直ってくる
実際に大人でもそういう人はたくさんいます。
言われたことはなんでもやり、生活習慣もバッチリです。
でも、特に自分でやりたいことはありません。
こういう生き方はさみしいですね。
自立とはほど遠いものです。
 
本当に自立している人、つまり自己実現力がある人は、仕事でもプライベートでも自分でやりたいことを見つけてどんどんやっていきます。

そういう人は同時に自己肯定感も高いので、「これをやりたい。自分ならできるはずだ」となって、勝手にスイッチを入れて勝手にがんばります。

自分で決めた目標や夢ですから大いにがんばります。

すると、その途中で生活習慣的なことで苦手だったこともだんだんできるようになることが多いのです。

なぜなら、「Aをやりたい」と思っても、時間にルーズでは成し遂げられないからです。

そこで初めて時間を守るようになります。

「Bをやりたい」と思っても、忘れ物ばかりしていては達成できません。

そこで初めて忘れ物をしなくなります。

挨拶ができなければを夢をかなえることができない、とわかったとき挨拶ができるようになります。

片づけができなければ目標を達成できない、とわかったとき片づけができるようになるのです。

ですから、本当に自立している人は、子どもの頃に苦手だった生活習慣的なこともだんだんできるようになります。

親がいくら叱ってもできなかったことが、本人がその気になれば一瞬にしてできるようになります。

それ以前には、モチベーションがないので無理なのです。

 

 

 

鎌田華菜