親として大切なこと、子どもをすべて受け入れる寛容の心。

・この夏に母が105歳の天寿を全うして逝った。延命行為は何もしてはならない、自分が死んだら紫の内掛けをそっとかけてくれるだけで何もしなくてよいと、母が書き残した遺書を尊重し安らかな終末を迎えてもらった。逝ってしまえば、生前にもっと話を聞いておけばよかったと、誰もが想うように私もそのひとりだ。
・母は8人の弟と妹にも恵まれた人だったが、母の妹や弟(叔母/叔父)たちはとても寛容な姉だったと、一様に云い出した。長い付き合いの母親だったが、そんな母親像に、うかつにも私は全く気付くこともなかった。思い起こせば母が書いてくれた習字の手本をなぞって学校に持っていった記憶はあるが、勉強せよなどの注文や、ばればれだったやんちゃな素行を叱られた記憶も全く無い。

・しかし、遺言書と共に出てきたのが、我々子ども達が母親に当てた手紙だった。夫々に全て束に整理されて残されていた。大学に入って家を出た18才から女房と一緒になるまでの母親宛の手紙だが、当時は現金書留で仕送り生活費が郵送されてくるから、書留を受け取るたびに簡単な返信はしていたようだ。それらの年月、全て整理されて残されていたことに本当に驚いた。気恥ずかしい限りだが18歳の心境がまざまざと書かれた葉書を目にして、自分ではないような気すらした。母は分かっていたけれども、口を出さなかったということだった。

・子どもの心身の履歴をただ寛容に受け入れて、寛容な姿勢を貫いて見守っていたようだ。乱世を生き抜く力を持つ大人へと、子どもの成長を願うなら、子どもに寛容であることが大切なのだと、この年になって知るところとなった。先人として次世代を見守る寛容の姿勢が、大切なことなのだと母の死を通して再考するところとなった。親の気持ちを知ったときには、親はこの世に既にいないということでもある。

 

 

 

持国天