室内ゲームと子供の遊び-江戸の人は大人も子供も遊びの天才!?-

現代の子どもたちは、まるで子供の仕事が勉強かのように、多くの時間を無理やり費やしているように思いますが、本来は遊ぶことこそが真意。
江戸時代の子供は、既成のものだけでなく、遊びを自ら多岐に生み出す、発想の天才だったようです。

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最近はパソコンやテレビゲームなど画面に向かって一人遊びをする人の数が年齢限らず増えているそうです。私が子供の頃は、従妹達や親戚とトランプ、カルタ、坊主めくり、双六、人生ゲームなどをするのが楽しみの一つでした。勝ち負けに関係なく皆でワイワイするのが醍醐味でしたから、言葉も発せずに一人でゲームに興ずる事は未だに考えられません。
江戸の室内遊びの代表は双六、カルタ、囲碁、将棋。双六はインドで起こり世界各国に様々な姿で広まったゲームです。日本には、持統天皇の時代には既に渡来して、盤双六として平安時代から江戸時代になるまで盛んに遊ばれていたという記録が残っています。
江戸時代になると絵双六が発達し、今の様に大きな紙に区画ごとに絵を書いて、サイコロをふってその数だけ、振り出しから上がりまでコマを進めるという、誰にでも楽しめるものでした。東海道五十三次などの道中双六が代表的なものでした。今の様に何処へでも簡単に旅に出かれられる時代では無かったので、双六で旅を楽しんでいたのでしょう。
また奉公に出て出世を目指すひと昔前の人生ゲームの様な双六や、武士が戦いに挑む双六など、工夫を凝らした様々な世相を反映した双六が作られました。
囲碁は中国唐時代に始まり、平安時代は貴族や僧侶などの間で流行していましたが、江戸時代には庶民の間で流行し、技芸としても認められるようになりました。家元も誕生して幕府から俸禄が与えられ、段位の制度も確立されて、幕府碁所は将軍の指南役でもありました。
将棋は十世紀頃、やはり中国から伝わった盤上戯遊です。江戸時代には町人、農民にまで広がり、江戸庶民の風物詩とも言える「縁台将棋」などに発展してゆきました。また知的な楽しみとして武士階級から遊女までが習い、その広がりを見せていました。
江戸時代の子供の遊びの代表的なものは凧上げです。価格も安くて作る手間もかからなかったので、奴凧、文字凧、武者絵凧など、沢山の種類が出回っていました。男の子は木や竹で作ったコマや貝コマ。またコマを回しながら鬼ごっこをする「こま鬼」なども記録に有ります。享保年間になると、めんこ、竹馬も広まってゆきました。
女の子達の遊びは数え歌を唄いながら毬つき、羽根つき、室内ではカルタ、絵双六、おはじき、あやとり。これらは元々貴族や大名の間だけの遊戯でしたが、長い時間を経て、庶民の間にも徐々に広まったものです。
江戸の子供達は玩具がなくても身近にあるものを利用して、同じ年頃の子供達と一緒に遊びを工夫する天才でした。今、公園等で遊んでいる子供を見かける事が本当に少なくなったと思います。いったい何処で何をしているのでしょうか? 室内ゲームか塾通いなのでしょうか?
相撲、木登り、鬼ごっこ、かくれんぼ、かげふみなどの遊びは絶滅の危機にあるような気がします。昔は虫や草も遊びになり、そこから生命の尊さを学んだものです。
たまにはゲームの電源はオフにして、皆で集い楽しめる江戸からの遊びを、この機会に次の世代の子供達へ伝え、そして一緒に楽しんでいただきたいと考えています。

 

 

 

穴瀬博一