「人は失敗する」を受け入れたオランダの水泳教育とは?

人間は必ず失敗することを受け入れると、
じゃあどうする?という思考が生まれてくる!

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(前略)
実は、オランダの運河には「柵」がないのです。なので、もちろん「危ない!」「危険!」「入るな!」なんていう看板も皆無なのです(もちろん、「柵」がある街中の運河もありますので、あしからず)。

「柵」がないのには、いくつか理由があります。「柵を作るのにお金がかかる」「景観が損なわれる」「そもそも誰も必要としていない」などなど。
しかし筆者が考える「柵がない」最大の理由は「人は失敗する生き物である」という前提で社会設計がなされているから、です。

「えっ?だったら、柵を張り巡らせたほうがいいんじゃない?」「柵があれば落ちないでしょ?」と思われるかもしれません。しかし、運河や川、あるいは、それがたとえ海だとしても、どんなに柵があっても、どんなに注意していても、どんなに気をつけていても、人間は、というか特に子どもは、「なぜわざわざここで?」というようなところから、潜り込んだり、落っこちたりします。現に、だから毎年のように水の事故が発生してますよね。
つまり、人間は「事故や失敗は完全に防ぐことはできない」ということなのです。
実は、オランダはこういう考えの前提に立って運河というより、社会制度そのものを作っています。

では、この前提に立った時に「じゃあ、どうするのか?」という問題が出てきます。「人間は必ず失敗する」「必ず水の事故を起こす」「必ず運河に落ちます」と言われて、「ああ、そうですか。しょうがないですね」と言っていては、なにも始まりません。
こういう時、オランダでは「うーん。だったら、落ちても大丈夫にすればいいじゃん!」と考えるのです。(中略)

ということで、オランダの子どもは全員泳げます。というか、泳げるようにするのです。4歳とか、5歳くらいになると全員、水泳教室に通い始めます。そして「この子は泳げますよ」という卒業証明書(ディプロマ)をもらうまで通うのです。

なので、オランダの水泳教室の目的はハッキリしています。「運河に落ちても溺れないようにすること」です。そのため、そのスイミングスクールの内容も日本の感覚でみるとビックリすることばかり。

まず、どんな子どもも初めから足のつかない深いプールでレッスンが始まります。もちろん、初めはライフベスト的なものを着た状態でレッスンするのですが、かなり長い距離を泳ぎます。「泳ぐ」というより、「浮いている」に近いかもしれません。いやいや、それよりも初めは「沈まない」という状態に近いです。

そこから、徐々にジャンプして飛び込んだり、潜ってボールを取りに行ったり、あっちまで行って帰ってきたり、水中の障害物の中からおもちゃを拾ってきたり、ずーっと浮いていたりと、比較的早いタイミングから、かなり長い時間、水中にいれるようになります。

レッスンが進むと、そのうち、オランダ水泳教室名物の「着衣水泳」なるものが始まります。初めは短パンTシャツから。そのうち長ズボン、長袖Tシャツ。そして最終的にはダウンジャケットとか、コートとかを着た状態へとレッスンが進んでいきます。なので、水泳教室にも関わらず、普通に靴や洋服を着ている子どもたちがプールに入っているのです。

つまり「運河に落ちても大丈夫なように」が目的ですから、服を着た状態で泳げないと意味がないのです。「水着だけ着ている状態で運河に落ちる」なんてこと、ないですからね。

なので、オランダの水泳教室では「25m泳げるようになった!」とか、「クロールができるようになった」「平泳ぎができるようになった」ということは、残念ながらありません。「クロールの時の手の角度がこう!」とか、「息継ぎの仕方はこういうリズムで!」とかは皆無です。全く教えてくれません。そもそもクロールとか、平泳ぎとか自体を教えてくれません。

でも、最終的に子どもたちは、洋服を着た状態でかなりの長時間、長距離を泳げる(というか、溺れない?)ようになります。もちろんフォームもめちゃくちゃ、タイムも競わない、25mとかいう単位も全くありません。

あくまでも「水泳」の目的は、「運河に落ちても溺れないこと」という超実践的なのです。子どもたちは、水泳教室の卒業証書、「ディプロマ」と言いますが、を持っていないと、プールとかに遊びに行っても泳がせてくれないことさえあります。(中略)

さて、実はこの「運河に落ちないように柵を設けるのではなく、落ちても溺れないようにする」という発想、つまり「人は失敗する生き物である」ということを前提として、社会制度を設計する発想は、何も水泳に限った話ではありません。オランダでは、基本的に「人は失敗する生き物である」という前提で全ての社会設計がなされている気がします。

だから、オランダは「チャレンジしやすい社会制度」「チャレンジしやすい心理的状況」を作っていると言っても良いかもしれません。スポーツにおいては、このマインドセットは非常に大事です。失敗するかもしれない「チャレンジ」の先にこそ、勝利や大記録があるからです。

そういえば、最近、オランダスポーツ界は世界的に見ても目覚ましい活躍をしています。女子サッカーはW杯準優勝。男子サッカーも、ヨーロッパで行われたUEFAネーションズリーグで準優勝。(中略)

こうした勢いは、実はスポーツでだけではありません。オランダでも大学を卒業した若者、特に優秀な人ほど起業する傾向になっています。
もちろん、以前よりIT技術の発展などもあり、世界的に起業しやすい環境になっていますが、日本では「失敗したらどうしよう」「大企業に就職しないと2度と社会に出れないのではないか?」と失敗を恐れるマインドセットが強いように感じますが、こちらでは全くそういうことは聞きません。「失敗」に対する、心理的な負担や社会制度が根本的に違うからです。実は、逆に新卒は就職しにくいという事情もありますが。

もちろんオランダのこうした傾向は今に始まったことではありません。でも、つくづく「人間は失敗する生き物であるということを前提とした社会制度」は、そこに住む人にとっては、非常に住みやすい社会(特に子育て環境)を作るのではないか?と実感しています。
(後略)

 

 

 

北口真穂