裏目に出やすい「背中を押す」行為~良かれと思っての「後押し」が相手のやる気を萎えさせる(2)

なんでも器用にこなしてしまう、積極果敢な子どもには、こうした問題は起きにくい。誰よりも早くマスターしてしまうことに誇りを持っているから、どんどん果敢に挑戦していく。しかし子どもはみんなそうした性格なわけではない。得意な分野もあれば、そうでもない分野もある。そこまで得意でもなかったことにいきなり挑戦しろと言われたら不安になって当然だし、それを無理強いされれば恐怖感を覚えるのも仕方ないし、腰が引けてしまうのをバカにされたらその分野に嫌悪感を抱いてしまうし、ついには苦手意識を持ってしまう。
 
 だが、人間はそもそも幼児の時代には、どんな分野にも興味を示し、その子なりの速度で、ひとつひとつ「できない」を「できる」に塗りつぶしたいと願っている。ただし、無理のない範囲で。自分ができると感じた速度で。

 大人(指導者)はついつい、次のステージが待ち構えていることを知っているから、「背中を押す」ことで成長を促そうとしてしまう。しかしこれは「助長」そのものだ。

 助長とは、古代中国のエピソードから生まれた言葉だ。昔、隣の畑の苗が自分の畑のものよりよく伸びていることを不満に思った男が、成長を促そうと苗一本一本を引っ張った。すると苗の根が切れてしまい、すべての苗が枯れてしまった、という話。

 実は、「背中を押す」という行為も、こうした「助長」になってしまうリスクを抱えている。本人が無理を感じており、もう少し経ってから再挑戦したいと考えているのに無理強いされると、恐怖感を覚え、嫌悪感に変化し、苦手意識が根付く。その結果、「できない」を「できる」に変えていく気力の根が切れてしまう。まさに「助長」だ。

〇 背中を押すより「横に並ぶ」

 筆者は、部下の育成でも子育てでも、「背中を押す」よりは「横に並ぶ」ことが効果的だと考えている。

 筆者の子どもが海辺に立ったとき、打ち寄せる波が怖くて、立ち往生したことがある。子どもも海に強い関心がある。しかし波がひっきりなしにやってくる様子に不安を感じている様子。勇気づけようと周りの大人が手を引いたり背中を押したりしたら、子どもは怖がって逆に逃げてしまった。このままだと臆病者という烙印を押されてしまう。もしそんなことになったら、プライドの高い子どもは、「海は嫌いだ」になってしまい、海水浴に来ようとはしなくなってしまうだろう。

 では、海に関心がないのかといったら、そんなことはない。海で泳いでみたい。けれど、不安がいっぱい。私も小さい頃そうだったから、気持ちがよく分かるように思った。

 そこで、私自身が小さい頃、大人にやってほしいことをやってみた。「横に並ぶ」。それだけ。

 子どもが波打ち際から離れて立っているその横に並び、黙って同じ海の方を眺めていた。すると、子どもはほんの数センチ、前ににじり出た。私もそれにあわせて少し前へ。それを繰り返して、ついに足を波が洗うように。それでもジリジリ前に進む子ども。私もそれにあわせて前へ。

 ちょっと深入りしすぎて不安になり、再び波打ち際まで戻った子ども。そうしたら、私も黙って戻り、真横に並びなおし。またジリジリと前に進み、とうとう胸のところまで進んだ。私は「おお、えらく深くまで進んだなあ」と驚きの声を上げると、誇らしそうな顔。あとは海に慣れ、他の子ども達と楽しそうに遊ぶようになった。

 子どもは、自分のペースさえ守れるなら、どんなことにも挑戦したい生き物だ。「できない」を「できる」に塗りつぶしていく作業は、この上なく楽しいゲームだからだ。


それは実は、大人でもそう。学校時代には体育の時間が大嫌いだった、という人が、社会人になってからフルマラソンに出るようになったり、自転車を乗り回したりするようになる人が多い。人と比較されず、自分のペースを守れるのであれば、「できない」を「できる」に少しずつ変えていく作業は、この上なく楽しいものだ。

 背中を押されたり人と比較されたりすることで、自分のペースで進めることを崩されると、不安になる。不安なまま「背中を押す」ことをされると、恐怖を覚える。すると嫌悪感、ついには苦手意識が根づいてしまう。それは、大変もったいないことのように思う。

 

 

津田大照