裏目に出やすい「背中を押す」行為~良かれと思っての「後押し」が相手のやる気を萎えさせる(1)

「背中を押してあげる」という言葉は、部下育成の記事のみならず、育児本でも多用されている。勇気が持てずにためらっている部下や子どもの背中を押してあげるのは、上司や教師、親の役割だと捉えられている。

 だが、背中を押せば押すほど相手はやる気を失い、おびえ、逃げ出してしまうという経験をしたことはないだろうか。「君ならできるよ、やってごらんよ」と言えば言うほど、「いやできない」、「実はこんな事情もあって」とか逃げ口上がどんどん出てきて、最後には逃げられてしまう。

〇 励ましか、それとも・・・

 子どもも同様。木登りさせようとしたら、怖がって降りようとする。「大丈夫だから、もうちょっと頑張ってごらん」と励ませば励ますほどおびえて降りようとする。背中を押せば押すほど腰が引けてしまう現象を、皆さんも感じたことがあるはずだ。

 すると、上司や親、教師は面白くない。せっかく応援しているのに、できるはずだと信頼しているのに、挑戦しないなんて、と、つい不満顔。するとそれが部下や子どもに伝わってしまい、「やりたくない」と言ってしまう。それが指導者にとってはさらに不満のタネになり、「こいつは気が弱くてダメだ」と烙印を押す。そんな烙印を押される羽目になった事柄に、部下も子どもも「嫌いだ」となり、以後、苦手意識を持ってしまう。
 
 筆者は、小さな子どもを見ていて、不思議に思う。幼児は誰も、言葉を話すのが苦手、立つのが苦手、歩くのが苦手、なんて考えない。なるほど、言葉を話し始めるのが遅い早いはある。立つのが遅い早い、歩き始めるのが遅い早いもある。けれど、幼児は果敢に挑戦し続け、それらの難関を克服する。言語を操ったり、立ったり歩いたりという行為は、人工知能やロボットがこれだけ発達した現在でも、非常に高度で難しい行為だ。なのに、苦手意識も持たずに取り組んでいく。この学習意欲の高さは、大人になるまでにどうして失われてしまうのだろう。

〇 背中を押すことの弊害

 筆者はその原因を、「背中を押す」ことにあるのではないか、と疑っている。子どもは個性にもよるのだが、おしなべて自分の能力でできることをよく弁えている。高いところから飛び降りる遊びも、できそうなら果敢に飛び降りるし、まだ難しそうだと思ったら無理をしない。そして、「背中を押す」ことを周囲の大人がしない限り、子どもは挑戦意欲を失わない。しばらく日が経って、子ども自身ができそうだと感じたら、果敢に挑戦する。そして、「できた!」と、晴れやかな顔を親や指導者に向ける。

 しかし「背中を押す」とこうはいかなくなる。本人が、今の自分の能力では無理があると感じて撤収しようとしているのに背中を押されると、崖の向こうに押し出されるような気持ちになって恐怖を感じる。撤収したいのにさせてもらえないと、恐怖感を覚えるのだ。

 恐怖を味わっているのに撤収させてもらえないと、嫌悪感を覚える。そこで「なんだ、度胸がないな」「情けない」などという言葉をかけられたり、そんな態度を示されたりすると、「もうこの分野には手を出さない」と、苦手意識が芽生える。以後、その分野には手を出そうとしなくなってしまう。

 なんでも器用にこなしてしまう、積極果敢な子どもには、こうした問題は起きにくい。誰よりも早くマスターしてしまうことに誇りを持っているから、どんどん果敢に挑戦していく。しかし子どもはみんなそうした性格なわけではない。得意な分野もあれば、そうでもない分野もある。そこまで得意でもなかったことにいきなり挑戦しろと言われたら不安になって当然だし、それを無理強いされれば恐怖感を覚えるのも仕方ないし、腰が引けてしまうのをバカにされたらその分野に嫌悪感を抱いてしまうし、ついには苦手意識を持ってしまう。
 
 だが、人間はそもそも幼児の時代には、どんな分野にも興味を示し、その子なりの速度で、ひとつひとつ「できない」を「できる」に塗りつぶしたいと願っている。ただし、無理のない範囲で。自分ができると感じた速度で。

 大人(指導者)はついつい、次のステージが待ち構えていることを知っているから、「背中を押す」ことで成長を促そうとしてしまう。しかしこれは「助長」そのものだ。
背中を押すことの弊害

 筆者はその原因を、「背中を押す」ことにあるのではないか、と疑っている。子どもは個性にもよるのだが、おしなべて自分の能力でできることをよく弁えている。高いところから飛び降りる遊びも、できそうなら果敢に飛び降りるし、まだ難しそうだと思ったら無理をしない。そして、「背中を押す」ことを周囲の大人がしない限り、子どもは挑戦意欲を失わない。しばらく日が経って、子ども自身ができそうだと感じたら、果敢に挑戦する。そして、「できた!」と、晴れやかな顔を親や指導者に向ける。

 しかし「背中を押す」とこうはいかなくなる。本人が、今の自分の能力では無理があると感じて撤収しようとしているのに背中を押されると、崖の向こうに押し出されるような気持ちになって恐怖を感じる。撤収したいのにさせてもらえないと、恐怖感を覚えるのだ。

 恐怖を味わっているのに撤収させてもらえないと、嫌悪感を覚える。そこで「なんだ、度胸がないな」「情けない」などという言葉をかけられたり、そんな態度を示されたりすると、「もうこの分野には手を出さない」と、苦手意識が芽生える。以後、その分野には手を出そうとしなくなってしまう。

 

 

津田大照