素直と従順

素直と従順であることはよく混同されていますが、全く違います。

会社は、「素直な人材」は欲しいですが、ただ従順な人、すなわち「YESマン」はいりません。

いったい何が違うのか?

今日はそれについて考えてみたいと思います。

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「素直になることが大事」という意見を素直に聞けない子供は、この意味を「YESマンになれ」という意味と勘違いしているのではないでしょうか?
YESマンとは、精神的な奴隷です。

誰も奴隷にはなりたくありません。
自ら決めて主体的に行動したいという意志は、大人も子供も持っているからです。
ただ、そういう意志はあるものの、主体性を失ってしまった大人というのはたくさん存在します。

思春期に子供が反抗しはじめるのは、まさにこの「主体性」の目覚めに他なりません。
自分自身の行動を自分自身で決めるという、人として当然の欲求の自覚、そしてその権利を主張し始めるわけです。
幼少期は感情を爆発させることでしか表現出来なかった苦悩を、(まだ未熟ながらも)論理という道具を使って表現するようになります。
だから、幼少時のようには泣きません。
感情は論理という新しいはけ口を手に入れるのです。
「素直になりなさい」という言葉は、子供にとっては(ようやく自覚し始めた)自由を手に入れる権利を制限するものに聞こえてしまいます。
極端に言えば、ここで二つのタイプの子供が誕生します。
一人目は、親のいう事に何でも従う子供。
二人目は、親のいう事に反抗する子供です。
人として、正しく成長しているのは間違いなく後者です。
では、なぜ一人目は親のいう事に何でも従うのでしょう?
「親が怖い」、「親に嫌われるのが怖い」などなど、色々な事情があると思います。

塾で働いていると、こうした子供にはよく出会いますが、とにかく共通して言えるのは、親が正しい方向を向いていないということです。
正しい方向を向いていないとはどういう事かと言えば、世間体とか子供の進路とか、仕事上のトラブルとか、目の前の子供ではなく、別の方向に関心があるということです。
こうした場合、子供とは本当にかわいいもので、必死に親の目を自分に向けようとします。
そのために自分自身の「主体性」を殺すのです。
親の愛情が欲しいがために・・。

(略)

このままの状態では、いけません。
いけませんが、このままの状態で大人になってしまう人がたくさんいます。
会社では、自分の成績が悪いのを会社のせいにし、上司の言う事にはもっともらしい理屈をつけて反抗し、独自の解釈で自分を正当化し私用コピーなど犯罪とは呼べないまでも決して望ましいとは言えないような小悪を働く人です。
この精神的に未成熟なまま大人になってしまった人をY型人間と呼ぶことにします。
X型もY型も、社会人としては不適当です。
会社としては採用したくないタイプですね。
ところが、このY型人間。
自己主張や言い訳は上手なので、結構上手く立ち回っている人が数多く存在します。
皆さんの職場の上司や部下にもいるかもしれませんね。
生産的な人間ではないので、職場には不要なのですが、頻繁にみかけます。
いえ、それどころかX型とY型を合わせれば7割くらいになるかもしれません。
共通しているのは、仕事が楽しくなさそうだということです。
精神的に参っているか、愚痴ばっかり言っているかの違いはありますが・・。
もちろん、本人は幸せではありません。

さて・・・、X型でもなく、Y型でもない、前回お話したような「素直さ」を身につけた人間をここでは仮にZ型人間と呼ぶことにしましょう。
Z型人間がいいのは間違いないのですが、Z型人間になってもらうためには、子育て期、とりわけ反抗期の子供との接し方が重要になります。
どのように接すればいいのか?は残念ながら一言で表現することは出来ません。
出来ないから、このような小中学生の教育をテーマにしたブログを書いているわけです。
過去の記事の中からヒントを見つけていただきたいと思います。
ただ、最も重要な点をあえて一言で表現するなら、「人や環境のせいにしない」ようにさせることだと思います。
そのためには現実と向き合う勇気と強さが必要になります。
成年を迎えるまでは、肉体的にも精神的にもまだまだ弱い時期です。
そのための環境面、精神的な面でのフォローを惜しまないことが、親にとってはまず大切なことでしょう。

Z型人間とは、自らを取り巻く環境を客観的に見つめることが出来て、自らの意志によって正しい決断を下すことが出来る人間です。
環境に流されるままのX型人間とは決定的に異なります。
自らを客観視出来ず、あるべき方向に自分を方向付けできないY型人間とも異なります。
「素直さ」を持った人というのは、上のような意味で従順な人とも、ただ反抗的な人とも決定的に異なります。
従順ではなく、素直な人に。
自分自身についてもそうあり続けたいものです。

 

 

 

井垣義稀