幼児へのプログラミング教育は本当に必要? 「優れたプログラマー」に育てるために、もっと重要なこと

プログラミング教育に限らず、英語教育なども含め、幼児教育に対する関心は高いが、最も大事なのは、本人に「そうしたい」という主体性が芽生える事。そのためには、マスコミや学校が言う事ではなく、世の中の事を良く知る事が大事

リンクより引用します。

※※※引用、以上※※※

小さな子どもにプログラミングを学習させることを目的としたロボットなど、さまざまな玩具が日々開発されている。しかし文字も読めない子どもに教えるべきは、プログラミングではない。子どもを優秀なプログラマーに育てるには、いち早く教えるべき「もっと重要なこと」がある。

(中略)

メリーランド州フロリダ州の議員たちは、コンピューター言語を使うプログラミングを学べば、高校卒業に必要な外国語の条件を満たしたことになると主張している。こうしたロジックを拡大するかたちで親たちは、子どもが早くからプログラミングに触れれば、それだけ堪能に使いこなせるようになると信じるようになってきている。

プログラミングは言語ではなく“スキル”

『WIRED』US版のガジェット担当としては、この流れを肌身で感じている。わたしたちの手元には、小さな子どもにプログラミングを学習させることを目的としたデヴァイスが、かつてないほど次々と届くのだ。

(中略)

実際にこの2年間、もうすぐ5歳になる娘をこのようなおもちゃに引き込もうと試みてきた。その経験から言いたいことがある。それは「こうしたものは気にしなくていい」ということだ。

プログラミングは言語ではなく、スキルである。よちよち歩きの子どもを英語とドイツ語と「Scratch」のトリリンガルにはできない。

親が感じる不安、つまり自分の子どもにできるだけ早くからプログラミングを始めさせたいという思いは、確かに共感できる。「成功したプログラマー=パーカーを着た20歳のミリオネア」という固定観念にしばられていると、自分の子どもが5歳までにアプリをつくれなければひどい仕打ちをしてしまったと悩むことになるだろう。

(中略)

プログラミング言語自然言語の違い

自然言語は単に事実を述べるだけではない。世界や人間の感情、欲望をいかに理解しているか、そしてわたしたちがどのようにして自らを人間とみなしているかを表現するものでもある。

「そのボールを投げてはいけない」と幼児に伝えるとき、社会の一員になることに関して、数え切れないほどのことを教えている。つまり、その言葉は単なる動詞の命令形ではない。人の顔に向かってボールを投げてはいけないこと、その腕の動かし方だとボールが速く飛んでしまうということ、あるいは大きなトラブルに巻き込まれそうなときに聞こえる声がどんなものなのか、といったことを教えているのだ。

コンピューターのコードはそんなふうに機能しない。幼児に向かって「C++」でコマンドを出せば適切なアウトプットが出てくる、なんてことはありえない。

(中略)

ソフトウェア開発者のジェフ・アトウッドは、大きな影響力をもった2012年のブログ投稿で、このように述べている。「一部の人にとって、正しい文脈においては、プログラミングは重要なものだと思います。でもそれは、ほかの多くのスキルも同じです。わたしはもう、あらゆる人にプログラミングを習得するよう勧めるつもりはありません。あらゆる人に配管作業を身につけるよう勧めるつもりがないのと同じです」

(中略)

教えるべき「もっと重要なこと」

未就学児を優れたプログラマーに育てるためのもっとシンプルな方法がある。まずは、独立心のあるきちんとした人間になるよう導くことだ。子どもが抱いた興味を追求させて、自ら課題に取り組み、自分で解決策を考えさせるようにしよう。デイド・マーフィーがコンピューターをクラッシュさせたのは、親からそうしろと言われたからではない。“そうしたい”と思ったからだ。

そして、協力の大切さも教えよう。一匹狼のハッカーが輝かしいとされる時代は終わった。現在は多くのソフトウェア開発者が大人数のチームで働いており、そこではあらゆる人々に対する共感と敬意が求められる。子どもたちに、わたしたちはみな互いからあらゆることを学べることを伝えてほしい。そして、ひとりで生きているような振る舞いをするのではなく、自らの行動や言葉が、自分自身や他者に影響を及ぼすことを教えよう。

最後に、我慢できないほどのイライラに直面したときの忍耐力についても教えたい。あなたの子どもが、丸太の上に四角い棒を置いてバランスをとろうとしているときに見せる集中力は、何千行ものコードをスクロールして、ひとつの構文エラーを見つけることにも発揮されるかもしれない。

このようなことこそが「地球をハックする」ための方法、あるいは地球をほんの少しでもよい場所にできるかもしれない方法なのだ。

※※※引用、以上※※※

 

野崎章