危ない野外遊びを助け合って、少年達は男になる。

・幼少期や少年期の逞しい自然体験は、心身の成長と繊細で豊かな情念まで育む。これは大人の誰かが導けば形成されるようなことではない。
険しい山野を飛び走って下り、心地よく感じた肉体の俊敏な条件反射は少年期の思い出だ。枯れた葦の茂みを吹き抜ける早春の風の匂いや、日差しや川面のぬくもりも、この季節の少年期の思い出に連なる。ズボンをたくし上げて、足が深く滑りこむ沼地を助け合って一緒に渡った、あの時の遊び仲間はどうしているのかなと思いおこす。

・よく面倒を見てくれた年上の仲間達とは、春の集団就職が別れとなってしまった。幼少期から一緒に遊んでくれた年上の友達を、集団就職列車が発つ駅頭で送った後は、どのようにとぼとぼ歩いて家まで戻ったのか、全く思い出すことができない。如何ともし難い喪失感で、いき場のない気持ちでいっぱいだったように思い起す。

・人手が入っていない野外の遊びは実に好奇心を刺激する。しなやかな身体機能と仲間を想う心の絆を育む。それを大人が導いたのでは本物にならない。年齢幅のある同世代の子供仲間たちがあって、助け合って危ない野外の遊びに挑んでこそ、少年は男になっていくのではなかろうか。
都市と市場から人々が動き出そうとしている。コロナの後、コロナの前には戻らない。子供達だけの、野外の仲間遊びの復活を、切に期待したい。そして、その実現の力になってあげたいと思う。

 

 

持国天