「ごっこ遊び」は「戦い」「演技」の両機能をあわせもつ

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遊びは自由な行為であり、「ほんとのことではない」としてありきたりの生活の埒外にあると考えられる。にもかかわらず、それは遊ぶ人を完全にとりこにするが、だからといって何か物質的利益と結びつくわけでは全くなく、また他面、何かの効用を織り込まれているものでもない。それは自ら進んで限定した時間と空間の中で遂行され、一定の法則に従って秩序正しく進行し、しかも共同体的規範を作り出す。それは自らを好んで秘密で取り囲み、あるいは仮装をもってありきたりの世界とは別のものであることを強調する。

つまり、
 ① 自由な行為である
 ② 仮構の世界である
 ③ 場所的時間的限定性をもつ
 ④ 秩序を創造する
 ⑤ 秘密をもつ

これが遊びの5つの形式的特徴。さらに機能的特徴として「戦い(闘技)」と「演技」を挙げる。

「遊び」についてこんな風に考えてみたことはなかったが、こうして定義されると「遊び」の概念がにわかに輪郭をあらわしはじめる。

たしかにひとは「物質的利益のため」でもなく、命令されるのでもなく、遊ぶことそれ自体が面白いから遊ぶのだから「①自由な行為」に違いない。また、傍目には夢中に見えても、遊ぶ本人には「②仮構の世界」にいる意識があるというのも納得。だから彼らは日常生活からの「水差し」に対して敏感なのか。この定義を読みながら、お面を被ってヒーローになりきる子どもにカメラを向けてシラケさせた苦い記憶も蘇った。そのほかの「形式的特徴」も然り。「機能的特徴」に関して言えば、「ごっこ遊び」などは、まさに「戦い」「演技」の両機能をあわせもつ遊びに違いない。

 

 

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