江戸の子育て論、“徳育”に学ぶ

現代の親は溺愛やスパルタなど子どもたちへの過干渉する教育が横行している。

本来の子育てに必要なのは、ひととして生きる上での道を示すことであり、教えることではない。

江戸時代における子育てには「江戸しぐさ」のように、相手と自分の喜びは一体であることを伝える口伝もあったが、識字率世界一を実現した江戸には「徳育」という子育てのススメが存在した。

下記の引用記事に掲載されている江戸時代の意識を読むと、現代の教育がいかに狂っているのかを実感する。

以下、引用です。

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江戸の子育て論、“徳育・しつけ” - 【識字率世界一:その6】
かずよ@江戸を研究する人
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<前略>

◯『甘やかし』も『スパルタ』も有害
江戸中期に著された『父兄訓』では、親の未熟さを徹底して批判する論調を展開しています。

特に父親の姿勢として、『道を知らざる父』という2つの例が挙げられています。

一つは、その子の善悪・邪正を少しも気にせず、ただ溺愛する父で、子どもをわがまま一杯に育て、ついには悪に染まって手に負えなくなり、子どもを捨ててしまう父として例示されています。

もう一つは、折檻して叱り叩く事ばかりを子育ての道と心得て、物事のたびに叱り罵って打ち叩く父で、父に叱られて子どもがべそを書いている間はいいが、子どもが10歳以上になって自我意識が芽生えると、叱れば恨み、叩けば怒って、父子の間に確執が生じ、不孝の所業も起こって、ついには子どもを捨ててしまう父として例示されています。

いずれにせよ、このように子どもを捨てるのは、父が子育ての道を知らないからで、これほど悲しく、これほど恥ずべきこともない、と著されています。

道を踏まえない『甘やかし教育』も『スパルタ教育』も、結果不幸な結果を招くと言うのが江戸の子育て論の土台にあったようです。


◯叱り方、諭し方のメソッド
甘やかしもスパルタもよくないとされていた江戸の教育では、叱り方、諭し方に対する方法論の記述があり、その要諦は『冷静かつ厳格に道理を諭す』というものでした。

『世わたり草』という書は、若くして妻に先立たれた作者が、家業のかたわら二人の子どもの育児をしながら著した書で、そんな子育て経験に裏付けられた子育て論が展開されています。その中で、

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親の教育がおろそかだと子孫繁栄が心許ないが、かといって、親の教育が厳しすぎると子どもの心は背くため、ただ静かに道理を教えるのが良い。
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と述べられています。

そして
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親が短気になって叱り罵ると、子どもはかえって心がねじけ、素直な心も歪む。
人生経験の豊富な親の目に、子どものする事なす事が不満足に映るのは当然だ。
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と親の反省を求める立ち位置をとっていました。

また、厳格な教育よりも温和な教育の方がまさるという主張は、江戸後期の書物の中にもみられます。

「幼稚の者を育てるには厳しくするのが良い」と主張する人もいる。これも一理あるもっともなことだが、やはり温和な教育には及ばないと思う。
というのは、子どもは知恵がないので、親があまりに厳しいと、恐れて親しむことなく、良し悪しともに隠すようになり、ただこわがるばかりで心服しないからである。
何事もとにかく柔らかに言って聞かせ、十分理解し、心服するように、十分温和に育て上げるのが良いであろう。
また、その著者は、

子どもの善行をよく誉めれば幼心にも嬉しく、「また誉められたい」と思って自然と善事を好むようになるが、逆に悪事に対して折檻ばかりしていると、子どもは決して親に心服せず、ただ折檻を恐れて悪事を隠すようになり、この隠す習慣が大悪に繋がる。
と述べていました。

<引用以上>

 

 

 

黒湯温泉