子どもの活力は、集団の中でこそ上昇していく

学校の強制圧力、習い事や親の管理圧力。現代において、ほとんどの子どもたちが当てはまる環境ですが、そこから彼らを解放するにはどうする?
その導きとして、江戸、縄文における子育て、それを取り巻く環境を探索しています。そこから見えてきたことは、

1.生産集団の中で子どもを育むこと
・現代では母親と子供の1対1になる場面が極めて多いですが、それでは、親は親と位置付けられ、子どもは子どもに位置づけられる。管理する・与える側と管理される・与えられる側の関係が明快で、ほぼ固定的です。核家族の家庭はほぼ例外なく当てはまる構造です。
・よって、家族を超え出た集団の中で子どもを育むこと。さらに、生殖集団としての単位(家族・ママ友繋がり)ではなく、「生産課題を担う集団」であることが重要です。生産課題の圧力下で初めて、大人も子どもも真っ当に育っていくからです。これは、江戸時代の商家における子育ても同様で生産単位が家族という位置づけです。

2.役割期待がある
・次に、大人も子どもも「相互に期待がある」ということに注目しています。人類にとって、相手の期待に応えることが何よりもの充足源(共認充足)であるため、子育てにおいても不可欠なものです。そして、この充足を得るための(期待に応えるための)課題が重要です。
・生産集団であれば、常に生産課題があるため、これにどう応えていくか・担っていくかという役割期待があります。子どもたちにとっても、この役割期待は活力源を上げるために非常に重要です。
・まわりの仲間からの「生産課題を担う一員になってほしい。」という期待は、子供たちの活力を上昇させていきます。縄文時代においても、7、8歳にもなれば、狩り・採集・小さな子の子守も担うため立派な成員の一員です。

次なる追求ポイントは、「子どもたちの活力を上昇させるような課題とそれを生みだす場とは?」です。先端的な取り組み事例から、学んでいきたいと思います。

 

小林健太)