子どもにとって「大切な人」や「大好きな人」こそが教科書  

物事の善悪、美醜について、子ども達はどのように学んでいくのでしょうか?
親子遊び研究家の篠 秀夫(しの ひでお)氏は、

>子どもにとっては、「自分にとって大切な人」や「大好きな人」こそが教科書

だと言います。
自分が大切にしている人の反応を羅針盤に、子ども達は学んでいく。
なので、大切な存在となれるように、また、きちんと周りの人の想いを汲み取った反応ができることが、周りの大人たちにも必要になります。

「子どもの心の成長」(つながりの中で子どもの心は育つのです)
リンク
より引用します。

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(引用開始)

私たちは自分の知識や体験を基にして、「善悪」や「美醜」の判断をしています。

でも、これは大人の話であって、思春期前の子ども達は、「善悪」や「美醜」の判断をしていません。というか出来ないのです。なぜなら、「善悪」とか「美醜」を判断するためには「社会的な価値観」が身についている必要があるからです。

知識として「人をいじめてはいけない」ということを学んでも、その基になっている「社会的な価値観」自体が身についていなければ、その知識には何の意味もないのです。

大人でもその価値観が身についていない人もいますがそれは育ちのせいです。
助け合い、支え合うような人間関係の中で育った子は、善悪、美醜を判断するための「社会的な価値観」が身につきますが、孤独や混乱した人間関係の中で育った子は、正常な「社会的な価値観」を身につけることが出来なくなるため、自分の個人的な価値観だけで善悪や美醜を判断するようになるのです。
その結果、万引きやイジメのような行為にも罪悪感を感じなくなります。

思春期前の子どもは、まだ「社会」というものが理解出来ません。これは知識や体験の問題ではなく、脳の発達段階の問題ですからどんなに丁寧に説明しても理解出来ません。

そのため、「社会」によってその価値が決められている「約束」とか、「お金」とか、「時間」とか、「犯罪」とか、「社会的ルール」というものの意味もよく分かりません。

でも意味は分からなくても、子どもは「自分にとって大切な人」や「大好きな人」の行為を真似しようとしたり、「そのような人が嫌うようなこと」は避けようとするので、その人が社会的なルールを大切にしているのなら、子どもは自然と「社会的なルールに従った感じ方や、考え方や、行動」を身につけることが出来るのです。

子どもにとっては、「自分にとって大切な人」や「大好きな人」こそが教科書なんです。
そしてそれは2、3才まではお母さんやお父さんであり、4,5才頃からは一緒に遊ぶ仲間や身近な大人になっていきます。
7才頃から先生と呼ばれる人の影響も強く受けるようになります。
9才頃からは本の中の大人からも影響を受けるようになります。

そのため、幼いうちからオモチャやゲームやスマホなどで一人で遊ばされて育っている子は、社会的なルールを身につけることが出来ないままになってしまいます。

子どもの周囲に「指示や命令を与えてくる大人」はいっぱいいても、その人間関係の中に「子どもが学ぶべき社会」はありません。

最近の子は本も読みませんから、本の中の人物からも影響を受けません。そのような子どもが影響を受けるのはテレビやyoutubeなどの映像の中の大人だけです。
でも、映像の中には「社会」も「社会的な体験」もありません。

そして最近、そのような状態の中で育ったとしか思えないような大人の人が増えて来ています。そのような人は見つからなければ、または、正義を盾にすれば、何を言っても、何をやっても許されると思い込んでいます。

そのことで相手が悲しんだり、苦しんだりしても、その相手の感情に価値を感じないのです。
ですから、そういう状態の人に「相手が悲しむから、相手が苦しむから止めなさい」と言っても意味がないのです。

このような状態の子どもたちも増えてきていて、SNSなどの中でイジメなどの様々な問題を引き起こしています。でもそこに罪悪感はありません。

町を歩いていると電柱に「みんなが迷惑するので暴走行為は止めて下さい」という看板を見かけることがあるのですが、迷惑をかけることを楽しもうとしている相手にこんなこと書いても意味がないのです。

(引用ここまで)
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子どもは指令や命令ではなく、「大好きな人」の真似をして学んでいるということ、心にとめておきたいです。