最初の一語―なぜ母親は「ママ」、父親は「パパ」なのか―


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◇母親は[mama]、父親は[papa]
世界の言語は起源(祖語)を同じくすると考えられる、語族といういくつかのグループに分かれています。例えば、英語、ドイツ語、フランス語など、ヨーロッパの言語は多くがインド・ヨーロッパ語族に属しており、アラビア語ヘブライ語アフロ・アジア語族、中国語(北京語)やタイ語シナ・チベット語族、といったように分かれています。同じ語族に属する言語は、起源を同じくするとされているので、互いに似た音や語、文の構造を持つ傾向にあります。一方、異なる語族に属する言語では、借用語(外来語)である場合や偶然から音や語などが似ることはありますが、それはごく限られた範囲でしかありません。しかし、この「母親」と「父親」の幼児語にかぎっては、非常に似たパターンの音韻構造の語を持つ言語が、語族を超えて多く観察されるのです。
興味深いことに、世界の多くの言語において、幼児語で母親を指す語は「ママ [mama]」「ナ [na]」「アマ [ama]」など、[m]または[n]という子音と、口を比較的大きく開けて発する母音の組み合わせであることが多いとされています。一方、父親を指す語は、[p]または[t]という子音と、同様の母音の組み合わせが多いとされています。異なる歴史を持つ言語において、これほど似た傾向がみられるのはなぜでしょうか。

◇言語の獲得~1歳頃まで
これは、子どもの言語音の獲得に関係していると考えられます。音声を発声するときに肺からの空気が通る部分、声帯から口唇までの空洞を声道と呼びますが、新生児の声道は未発達で、大人の声道とはかなり異なっています。生後6~8ヶ月頃からだんだん大人の声道に近づいていきます。
個人差はありますが、子どもは生後6週目頃から母音のような音を発するようになり、4~5ヶ月頃には [ma] [bubu] といったような、[子音]+[母音]から成る喃語(なんご)と呼ばれる音の連続を発するようになります。最初は [ba] のような1音節から始まり、次第に [ba] [bababa] というように、反復した音節が現れるようになります。そして1歳頃になると、特定のものを指すのに一貫して同じ音(の連続)を使う、つまり「語」を発するようになります。

◇言語の音声
子どもにとって発音しやすい音を考える前に、言語の音声について簡単に説明します。言語音は、大きく母音と子音に分けられます。母音は、日本語の「アイウエオ」に代表される音で、声帯の振動を伴い、肺からの空気の流れが、声道を通る際に妨害されることなく、口から外に出される音です。母音の種類は、舌の位置および状態、唇の形などによって決められます。
子音は、空気の流れが声道にて妨害を受ける音です。例えば、破裂音または閉鎖音と呼ばれる音(例 [p, b, t, d, k, ɡ])は、空気の流れをいったん止めてから解放することで作られる音です。
[m, n]は子音に分類されますが、これまでに紹介した他の子音や母音とはやや異なった特徴を持っています。これらは鼻音と呼ばれ、肺からの空気が口腔ではなく鼻腔を通り、鼻から外へ出る音です。

◇子どもが発音しやすい音・構造
それでは子どもにとって発音しやすい音・構造とはどのようなものなのでしょうか。
まず、構造に関しては、喃語の段階で多くみられるように、[子音]+[母音]の組み合わせが発音しやすい構造であると考えられます。喃語には、英語のstreet [stri:t]という語の語頭にみられるような子音の連続はまず観察されず、語末が子音で終わる音節も比較的少ないことが、研究によってわかっています。
次に音を考えてみましょう。母音については、同じく喃語段階で圧倒的に多く観察されるのは中母音~低母音で、高母音はほとんど現れないようです。日本語でいうと、「ア、エ、オ」にあたります。大人がため息をつくときなどに無意識に出す音は、「ア」に近い母音が多いのではないかと思いますが、これは口の周りの筋肉や唇、舌などに力の入っていない、楽な状態で発音されているかと思います。
子音においては、喃語段階での出現頻度をみてみると、頻度が高い順に、[m] = [b] > [p] > [d] > [h] = [n] > [t] ... と続くとされています。子どもが子音を獲得していくプロセスは、概して、口の入り口付近から奥へと順に進むとされていますが、喃語には、調音位置でいうと両唇音や歯茎音、調音法でいうと鼻音と閉鎖音が多いのです。とくに[m]は、口を閉じて鼻から空気を出すだけですから、非常に発音しやすいといえます。また、[b]や[p]も唇を開閉するだけです。

こうしてみてみると、子どもにとって最も近く重要な存在である母親が、[発音しやすい子音]+[発音しやすい母音]の組み合わせである[鼻音]+[中母音または低母音]、すなわち[ma(ma)]で呼ばれる理由がわかるかと思います。同じく子どもにとって非常に重要な「食べ物、ごはん」が、日本語の幼児語で「マンマ」と呼ばれ、「ママ」と非常に似ていることは、興味深く感じられます。離乳するまでは、「母親=ごはん」であり、離乳後も食事を作り与えてくれるのは母親である場合が多いことと、どこかつながっているのでしょうか。
では「父親」はどうでしょう。父親も子どもにとっては非常に近く重要な存在ですから、なるべく発音しやすい音が好まれるはずです。しかし同時に、「母親」を表す語とはっきり対照区別できるような音でないと、混乱を招くことになります。先述の喃語における子音の出現頻度から考えると、[b]を使いたいところですが、[b]よりも[p]や[t]が多く使われているようです。これはおそらく、[m, n]が有声音であるため、同じ有声音の[b](あるいは[d])は、無声音の[p, t]よりも[m, n]との区別がつきにくいからだと考えられます。こうして、「父親」を意味する語には、発音しやすく、かつ「母親」を表す語と明確に区別できる音が用いられているのです。

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(匿名希望)