子供は、何を求めてるの?~もっと社会と繋がりたい!!~

こんにちは :m023: 、やまずんです :m034: 仕事柄、出入り口に近い席に座っているので、足元が冷えて寒い毎日です:m108: 先日、他部署の先輩のおすすめ :m030: で、ついに買っちゃいました:m021: :love: 足元ヒーター :love: 南の島で裸で暮らしたい:m005:くらいの寒がり(:m104:)なのですが、 彼(彼女?)のおかげで、毎日ポカポカ:m001:です。 ・・とまぁ、こんな話はさておき:m002:、 今日も前回の続きから:m106: :m132:子供は、何を求めてる :m052: を考えてみたいと思いまーす:m192: 続き・・の前に、みなさまいつもの :m118: 応援クリック :m118: お願いします:m081:

もっと社会と繋がりたい!! 仕事柄、小中学生と接する機会が多いのですが、一部ではありますが(実感としては1~2割?あるいはそれ以上?)、積極的に役にたてることはないか?と目を輝かせて声を掛けてくれる生徒がいます。例えば、教室の掃除をしていると「手伝わして!!」と集まってくる生徒。「学校で塾の宣伝してきてあげるから、チラシとかないの?」と声を掛けてくれる生徒。 しかし、このような生徒が、家でお手伝いをしたり、学校で素直に先生の言う事を聞いているかというと、そういうわけでもないようです。当然、親子関係や先生との関係が良好な場合は、純粋に「期待に応えてうれしい」という感覚で積極的にお手伝いをすることはあるのでしょうが、塾でのやりとりの中ではそれ以外に何か違う要素があるように感じます。 生徒の生活にとって中心軸になっているのは家庭と学校。しかしそこには課題がない。私権圧力も衰弱し、せいぜい文化祭等の仲間課題が限界。 家庭や学校は閉鎖的な自集団という意識が強いが、多くの子供達にとって塾(塾講師)というのは、唯一、自集団を超えて生産課題を担っている大人であり、塾の課題(例えそれが掃除のような課題)であっても、社会との繋がりを感じられる課題になっているのではないだろうか? 「きれいにしたら、お客さんいっぱい来るかな?」「掲示物はここに貼ったほうが見やすいんじゃないかな?」等、課題としては一見些細にみえますが、こうした行動の背後には、もっと社会と繋がりたい。もっと社会の役に立ちたいという潜在的な期待が潜んでいるのではないかと感じます。      :m030:      :m026:       :m027:        :m028:         :m029:        :m030: なるほどー:m022: 現役塾講師:m058:の話は、参考になります :nihi: 子供たちは、もっと社会とつながりたい:m051:         みんなの役に立ちたい :m051: ・・・ってことは:m021: みんなの、社会の役に立つということは、何も『大人の役割』というわけではなく、 この社会で生きるみんなの役割なのではないかと思います。