『頭を使う』とはどういうことか??

:m227: あけまして おめでとうございます :m226: ついに、 :m033: 2008年の幕開け:m034:です :m225: 今年も元気に楽しく :tikara: 、そして、成長できる :m096: 1年にしたいなぁ :m001: と思っております。 さて :m030: 今日のテーマは、これっ :m118: 『頭を使うとはどういうことか :m050:』 みなさん、普段から「頭」使ってますか :m052: どんな風に使ってますか :m052: :m052: えーっと :roll: って思った方も、使ってるよ :wink:って方も、 ぜひぜひ続きを読んでください :love: 応援クリック :m034: 、 今年もよろしくお願い致します :m072:

仕事で惨敗or大失態をし、総括を求められているのに、『出来ない理由』しか出てこない場面にしばしば出くわす。 例えば、「なぜ営業成績が上がらないのか」という議題に対し、「他社に負けたからです」と答えたり、「なぜトラブルが起きたのか」という議題に対し、「チェックしていなかったからです」と答えたりして、平然としている。 そしてその結論は、「頑張ります」「気をつけます」といった中身のない的外れな言葉で締めくくられる。 それがずっと不思議だった。 なぜ、他人事のように平然としていられるのか。 なぜ、分析になっていないことに気づかないのか。 なぜ、そんな結論でモヤモヤしないのか。 でもこれが、近代の思考パラダイムそのものなのかもしれないと思った。 彼らは、現実を対象化し、探索し、可能性を見出すために思考しているのではない。 (私権圧力が強い頃は、自分に有利になるようにだが、私権圧力が衰弱するとただひたすら)なるべく自分に非が被らないように、あるいは少しでも問題を直視しなくてすむように、最も有効そうな現象を引っ張ってきているにすぎない。 ところが、「現実を対象化すること=思考すること」だとすれば、これは、「思考することから逃げるために思考している」という、倒錯思考に陥っている状態だということになる。 それでは当然、何も実現しない。 “考える”ことを武器に状況を突破してきた人類にとって、 >思考する=探索、可能性収束して統合する という認識は極めて明快で、「頭を使うとはどういうことか」の規範となる認識だと思う。 (るいネット:頭を使うとはどういうことかより引用)        :m231:      :m231:     :m231:     :m230:    :m231:    :m231:    :m231: 本当だっ :shock: アレコレ言い訳ばっかり考えてたって、頭使ってるって言えない :m042: 「現実」を対象化する、可能性を探索する・・ :m034: 現実を直視し、答えを出していく、前進する方向へ向かって思考してはじめて、頭を使った、といえる :m208: これ、普段の生活にすごい役立ちそう :m051: 新年の抱負が、また増えました :nihi: (みなさん、今年もよろしくお願いします :m223: )