「応合意識」と「期待意識」どちらが本来の道なのか?

みなさん、こんにちは~ :m208: %E6%9C%9F%E5%BE%85.jpg %E5%BF%9C%E5%90%88.jpg :m267: ネットで買えるなんでやカード :m267: 相手に期待する気持ち :m021: 相手の期待に応えようとする気持ち :m021: どちらも、みんな持っていますが、 どちらが、本来の道なのでしょうか?? か・な・り、すっきり :m034: する投稿を発見しました :m051: 続きを読む前に・・・ :m021: (ありがとうございます :m001: )

>『注視する』という行為の中で始原人類は、対象の中に自分たちの期待に応えてくれる(=応合してくれる)“何か”(=可能性)を懸命に探索するだけではなく、同時に、対象が自分たちに期待している“何か”(=これも可能性)を、やはり全身全霊をかけて発見しようしたのではないかと感じています。 >「万物の背後に精霊を見る」という境地は、決して期待一辺倒ではなく、むしろ徹頭徹尾『応合存在』という地平を切り拓いたと見る方が正しいと思います。 >『応合意識』の方が母体になったから、その後人類は、自然界のあらゆるものを道具や材料として役立て、全方位的に科学技術を発展させてきたのであり、もし『期待意識』が出発点なら、自分の期待に応えてくれやすい領域に偏った進化を遂げてきたのでないかと想像されます。 リンクリンクにあるように漆器や木造建築をはじめ、精巧で長持ちのする物や道具を作り出している日本人。 こういった自然との調和を考えた物を生み出せるのは、日本人の「応合意識」の賜物だったのですね。 逆に、快美欠乏に導かれて、大量生産⇒大量消費へと突き進んでいった西洋は、「期待意識」発だったということも分ります。 「応合意識」、「期待意識」どちらが本来の道なのか、まさに現在の環境破壊、市場の行き詰まり等が答えを示してくれています。                 :m161: :m161: :m161: :m161:     :m162: :m162: :m162: :m162: 近代は、期待というより要求的である方が、利益を得られるので、積極的・能動的である印象でしたが、実は、みんなで社会を作っていくことが課題である現在では、要求は受動態でしかなく、みんなの期待に応えていく=応合の方が、能動的であり、より活力が上がるものとなりました :m030: 期待下手…と悩むより、とことん期待に応えてみる :tikara: まずは、そこからなんだなぁ、と改めて思いました :m208: