“本音の付き合い”から、“答えの付き合い”へ ~みんな、「答え」を求めてる♪~

みなさん、こんばんは~ :m030: 先週、久々に学生時代の友達に会いました :m021: その子は、結婚して、一児の母になっていました :nihi: 学生時代は、秘密や本音のトークをさんざんした“親友”だったのですが、その関係に変化がありました :m208: もう共有する秘密も特にないのですが :m108: 、やっぱり必要なのは、『答え』 :m051: みんな「どうしたらいいのかな?」、「もっと充足したい :m021: 」と想ってる :love: そうなんです、だからこそ、『答え』がないとすっきりできないんです :m004: 85.jpg 続きを読む前に・・ :m148:

“本音の付き合い”から、“答えの付き合い”へ 私権時代、本音とは、自我・私権(の欠乏)。 表に出したら都合が悪いので、捨象したり隠したりしていた。 だからこそ、私権時代には“本音の付き合い”がやたら価値があるものとされていた(ヒミツや本音を打ち明けてくれることが信頼の証だったり、それを漏らさないことが忠誠の証だったり。) でも共認社会では、本音とは、共認(欠乏)。 誰に知られても構わないし、隠す必要もない。 だから、“(唯一)本音で付き合える相手=親友”という存在は、もはや架空観念でしかない。(共認収束が半顕在化してきた'90年代以降、露店で、高校生が「親友って、何?」と聞いてきたり、新卒募集で、「親友は何人いるか?」という質問に対し「5人」「10人」と答える学生がたくさん登場し始めたりしたことは、それを示している。) そして、“本音”が、どこでも誰とでも共有できるものになった以上、「どうしたら本音を実現できるのか」の“答え(どうしたら充足できるのか、どうしたら活力が出るのか、どうしたらもっと良くなるのか)”こそが、価値があるものとなる。 >今求められているのは、解脱仲間から認識仲間への転換である。(注:解脱仲間とは、古い私権時代の仲間様式であるに過ぎない。活力源が既に私権圧力から同類圧力へと転換した今、求められているのは、本源収束・外向収束を体現した認識仲間である。 これからの時代、“本音を共有する”解脱仲間ではなく、“答えを共有する”認識仲間であることで、人と人は強く繋がれるのだと思う。      :m161:     :m161:     :m161:     :m161:     :m162:     :m162:     :m162:     :m162: そうなんです :m051: いまや、元・親友(笑)であれ、友達であれ、会社の仲間であれ、 誰であれ、『答え』をつむぐ仲間、一緒に『実現』していく仲間 :m030: になれるんです :m034: そして、そうできればできるほど、 充足 :m021: も、活力 :tikara: も、どんどん上がって :m135:いきそうでしょ :love: