いつでも心に響く言葉☆.。.:*・°

感謝のなみだ☆+゚ どうも :m034: あこりんです :m030: 『いつもいてくれてありがとう』 この言葉って、あらためてとっても深い言葉だなぁ~としみじみ感じます :m023: 『いつもいてくれてありがとう☆』 あなたが感じるときはどんな時ですか? 今日は、この言葉にまつわるステキな話を紹介します :m034: 続きを読む前に、応援クリックをお願いします :m023:

:m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020: 09夏なんで屋劇場ノート6「充足→安定・保守収束に応える実現力が問われている」 先端の意識潮流を探る場面で、「充足・安定・保守」という概念が提起されましたが、その一番奥深いところでの「安心充足」にまつわるエピソードを紹介したい。 :m161:   :m163:   :m161:   :m163:   :m161: 引用開始 :m162:   :m164:   :m162:   :m164:   :m162:  高知県の小さな山村に、神奈川県からIターンで新規就農した30代の夫婦がいた。就農して3年目、夫婦の間に初めての赤ん坊が誕生した。その村では実に20年ぶりの新生児だった。  若い夫婦が、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて病院から帰ると、村中のお年寄りが心配そうな顔で家の前に集まって待っていた。  産後間もない母親がタクシーから降りる時、一人のおばあさんが腰をかがめて赤ん坊を受け取り、大事そうに胸に抱えた。それからおもむろにしわくちゃの鼻を赤ん坊に押しつけ、生まれたばかりの生命の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。  そして満足げにはきだした息とともに、ぼろぼろっと大粒の涙 :m034: をこぼした。 「赤ちゃんの匂いをかぐのなんて、何十年ぶりじゃろう。 死ぬまでにもう一度赤ん坊を抱けるとは思うちょらんきに――」  村のお年寄りたちは、みな顔をくしゃくしゃにして泣いていた :m023: 。  若い夫婦も一緒になって泣いた。  みんなが戸口に突っ立ったまま、晴れの祝いのその場で、赤ん坊を取り囲んでわんわん泣いていた。  後日、その子の父親は、赤ん坊を抱きながら、こんなことを語ってくれた。 「会社員だった頃は、自分が何の役に立っているとか、誰かのためになっているなんて、ひとつも思えなかった。だけどこの村に来て、子どもが生まれて、自分や自分の家族が誰かのために役立つ存在なんだと、初めて実感できた。これだけでもぼくは就農してよかったと思います。」 (出典:「ゼロからでもできる農業のススメ」常瀬村泰著 /扶桑社新書) :m161:   :m163:   :m161:   :m163:   :m161: 引用終了 :m162:   :m164: :m162:   :m164:   :m162: 血族関係を超えた集団の中にあっても、その存在そのものが「ありがたい」と想われているということを実感できるとは、「充足・安定」の源になる。 『農』には、生産も消費も生殖・育児も生きる営み全てを包摂しているといわれる所以である。 「個人・自由・平等」などの西洋近代思想の元に忌み嫌われたものが、意識潮流の奥深い潜在思念で本源回帰しつつあるということではなかろうか? 「いつもいてくれて、ありがとう」 いつでも、心に響くことばである。 ( 『「いつもいてくれて、ありがとう」という想いがわかることが、「充足・安定・保守」の源』 より) :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020:

>血族関係を超えた集団の中にあっても、その存在そのものが「ありがたい」と想われているということを実感できる< これって、よくよく考えればすごいことですね :m034: だけど、血縁関係をこえたみんなに対しての 『いつもいてくれてありがとう☆.。.:*・°』 これがどんどん増えていけば、充足もどんどん増していくんだなぁ~って想います☆