母である前に「女」であることを忘れていた

みなさん、こんにちは~ :m208: ここに来て体調を崩す方が増えています :m004: 厳しい暑さの中、がんばっていたので疲れ:m003:が溜まったのかもしれませんね :m034: さて :m030: 、今日は:m142:子育て:m143:のお話です :m146: 20代後半になると、ママになった友達も増え、子育てが話題にのぼることもしばしばあります :m034: 172.jpg その中で、とある お母さんの大きな、大きな気付きを紹介します :m021: 続きを読む前に、応援 :m092: お願いします :m030:

先日娘を連れて、感トレを一緒にさせてもらっている女子メンバーと電車で花火を見に行きました。その前日、娘は熱が下がったばかりだったので、最初は出かけることを躊躇していました。しかし、本人も「みんなと行きたい。」と言ってくれたので出かけることにしました。 病み上がりなので案の定↓ご機嫌ナナメ↓ お腹が空いていなくても「お腹空いたぁ~。」としかめっ面で繰り返す。 手を引こうとすると「一人で歩く!」とご立腹。 そうしている内につまづいて転び、大泣き。 抱きあげても「もう、やめて!」とのけ反る。(笑) もし家で2人っきりのときにこれをやられたら 「じゃぁもう勝手にしなさい!」と突き放してしまっていたでしょう。 そして突き放された娘は悲しくてまた大泣き… …という悪循環に陥っていたと思います。 しかし、この日は私も大きく娘を受け止めてあげることができました。 娘をなだめ、とにかく抱きしめて、ただただ受け止めました。 満員電車の中で、14キロある娘も腕の疲れを感じることなく 抱っこし続けられたのです。自分でも驚きでした。 なぜそれができたのか… …それは、一緒に女たちが居てくれたからでした。 みんなが私たち親子を優しい眼差しで見てくれていたり 近くまで歩み寄って一緒に娘をなだめてくれたり 私の荷物を代わりに持ってくれたり…… 何だかとても安心しました。

安心して、娘を受け止めることができました。

私はその日以来、ずっとその日の事を思い返していました。 みんなと一緒にいると、自分に限界が無いように感じるのは何でだろう。 安心して、娘の真っ直ぐな期待に応えられたのは何でだろう。 家で2人っきりの時はできないことが多いのに。 どうしても自分の感情が先に出てしまう。 だけどそれでは娘も私も充足できないことを感じている。 どうにかしたい……。 そんな想いを抱えていると、感トレの日がやってきました。その日のテーマは「女として期待されたことを思い出して謝罪と感謝」でした。私はずっと娘とのことを考えていたので、花火をみんなで見に行った日のことがすぐに浮かびました。 目に浮かんだのは、みんなが私を優しく見つめる表情ばかりでした。みんなのその温かい眼差しから私が感じ取っていたこと……それは「私が女であること」でした。 みんなと一緒に居る時、私が娘をただただ受け入れられたのは、自分が女であることを、みんなに感じさせてもらっていたからだったのだと気付いたのです☆「女とはどんな存在か」を一緒に学ばせてもらい、女に期待されていることが何かをみんなで共認しているからこそ、「いつも女として期待されている」ということをみんなの存在から感じ取っていたのだと思います。 それに気付き、ふと思いました。 「…あ、私、みんなと離れたら自分が女だってこと忘れてたから、娘に対してイライラしてたんだ。」そうすると色々なことがスッキリ繋がって、子育てでも、ただただ女としてみんなの期待に応えていけば良いんだ!という活力に変わりました♪ 私は女。 「女は充足存在」という根本規範を、もっともっと体に浸透させて、もっともっと充足を積み重ねたいです。      :m021:    :m034:    :m021:    :m034:    :m021:    :m034:    :m021:    :m034:    :m021: みんなの中にいるから「安心」できるし、 みんなの中にいるから「期待」があるし、 みんなの中にいるから、みんなと充たし合える :m072: 当たり前に感じるけど、みんなのおかげ :m106: そして、それを感じられる場をどんどん増やしてゆきたいな :m146: と思いました :m173: