向き合っていこう☆.。.:*・°

向き合って☆+゚ こんにちは :m034:  あこりんです :m030: ある女の子が、他の周りの女の子たちと上手くいってないときに、上司の男性に相談したそうです :m034: すると、その上司の方は、彼女の相手に対する否定視を見抜き、「否定視している限り、何も状況は変わらない :m051: 」とその女の子がつかめるように、諭してくださったそうです :m023: “否定からは何も生まれない。” それって、なんででしょうか :m052: そして、肯定視ってどういうこと :roll: ? 続きを読む前に、応援クリックをお願いします :m023:

:m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020: 「嫌い」「怖い」「イヤ」など、否定的になる場面は僕たちの周りに無数に存在している。しかし、否定視は物事をそれ以上見えなくさせる。  たとえば、悩みを抱えている時。悩みがある時に、「自分はダメなんだ」と自己攻撃している人は多いが、何がダメなのかという部分は非常にあいまいで抽象的だ。「自分はダメ」と思うことで、それ以上現実を見えないようにしてしまう :m004: 。思考がそこで止まってしまう。これではうまくいかなくて当然 :m002: 。  否定的になっている部分、そこを注視していくことが必要なんだろう。うまくいかないなら何がダメなのか、何でダメなのか、それがわかればこれからどうしていけばいいのかと、問題を注視して考えつづければ、必然的に問題は具体的になっていく。そうやってどんどん考えていき、本質をつかんでいこうとすれば、単なる「うまくいかない」から「こうすればいい」と、結果的に問題を肯定的に捉える視点にまで行き着く。それこそ、肯定視なのではないか。「肯定視しなくちゃ!」と考えてしまうと、やっぱりズレる感じ。うまくいかないことに対して、その問題を見続けることが肯定視の原点なんだと思う。 ( 『肯定視再考』 より ) :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020:

「嫌い」「怖い」「イヤ」などという言葉は、それ以上相手や対象を見えなくさせてしまいます。 相手が見えなかったら、何も実現していきませんよね :m030: 。 そこの壁を突破して、「相手が伝えたいことは何?」と、きちんと相手に寄り添って、向き合うこと。 それが、肯定視の原点なんですね :m022: 上司に諭されたその女の子は、上司の言葉をうけて“相手や周りの良いとこを見つけた方が、自分も周りも充足できるし、もっと良いモノを築いていける”と頑張っています :m034: 私も現実としっかり向き合って、頑張っていこうと思いました :m023: