改めて☆肯定視☆.。.:*・°

朝☆.。.:*・° こんにちは :m034:  あこりんです :m030: 先日、とあるサイトを見ていたら、「新年会に嫌いな上司が行くから行きたくないけど、どうしよう~ :m002: 」と質問されている方がいました。 話によると、自分が一方的に嫌いなだけじゃなく、上司から嫌われていそう:m004: だと・・・ 一日の大半を過ごす会社の人間関係が、このままではもったいないですよね :m023: そこで、今日はこんなオススメ投稿です :m034: 続きを読む前に、応援クリックをお願いします :m023:

:m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020: 私達は、仕事や家庭や様々な生活の場面で、知らず知らずに「否定視」に陥ります。 例えば、仕事が上手くいかないときなどは、仕事(課題)を自分の設定した枠にはめ込み、そこからはみ出す課題を人に押し付けたり、枠に会わない仕事自体、ひいてはその仕事を指示した上司やクライアントまで否定してしまうことさえあります。 このような場合は、仕事の成果は上辺だけの内容の薄いものになり、ますます評価も落ちてしまいます :m002: 。 否定視に対し肯定視するというのは、事実を自我や価値観念というフィルターをはずして、ありのままに認識することともいえます。 仮に、仕事の内容に、あるいは指示に理不尽なことがあったとしても、まずその事実を受け止め、そうなった原因を追求していくと、課題の質はもう一段深まり、より根本的なところから答えを導いていけるようになります。これが「対象への同化」ということでしょう。 ではどうやったら、ありのままに事実を認識できるのか :roll: :m052: 言葉で言うのは簡単でも意外とできていなかったりします。 それは、私達がこれまで生きてきた中で刷り込まれた、古い認識や価値観念のせいであったりします。 認識とは、答えを導く道具といえます。古い道具に愛着があるとなかなか手放せなかったりしますが、その場合は、古い合具は片隅において、新しい道具を大いに使ってみればいい と思います。 新しい道具の良さがわかれば古い道具など簡単に捨てられます :m034: 。 結局、肯定視するとは、新しい認識で、事実を捉えていくことであり、新しい道具=認識によって、事実の世界がどんどん広がって行きます。 今や、古い道具=旧観念で答えがだせないことは、るいネットでも語りつくされています。これからは大いに新認識を使っていきましょう。 ( 「肯定視するには?」より ) :m037:   :m020:   :m037:   :m020:   :m037:  :m020:  :m037:   :m020:  :m037:  :m020:   :m037:   :m020:  :m037:  :m020:

知らず知らずうちに、否定視に陥ってはいませんか :roll: ? 今までに刷り込まれた古い認識や価値観に振り回されて、相手を受け入れられないなんて、もったいないですよね 家庭も職場も、課題を一緒に共有して、もっともっと充たし合える空間にしていきたいですね :m023: