「保育」をめぐる不全を対象化する

保育所という制度は産業革命下のヨーロッパで始まっています。紡績工場で働く母親の幼児を対象にして1~6才の幼児を保育したとされています。
また、日本では明治時代、小学校の就学率を上げるため、各地に子守学校が設立されたのが最初の形だったそうですが、専門職員が配置されることなく一般化はしませんでした。その後日本でも民間主導で紡績工場付属の保育所が設立されるなど、母親が働かなくてはならない「保育に欠ける」状況を補う目的で運営されてきたのが現在の保育所の原型となっています。

それ以前であれば、母親たちは働きながら子供の世話をし、手が足りなければ年長の子供たちが幼児の世話を手伝うといった、いわゆる「共同保育」が集団には備わっていたのだと思います。ところが近代社会は家庭と職場を分断し、育児の担い手でもあった子供たちを学校に隔離し、幼児の保育を一対家庭の主婦ないしは保育所に押し込めてきたのです。

こうしてみると、私権社会の歪が幼児の保育環境も解体してしまい、その歪の受け皿としてつくり出されたシステムが現在の保育所である、といえるかもしれません。

最近の保育所の宣伝文句が「自然に親しみのびのび育つ」とか「健康と安全に心を配った手作り給食」など、ことの本質を見ようとしない似非観念のオンパレードであることも、現在の「保育」事業の限界性を物語っていると思います。

保育という問題を一つあげても、私権社会という構造に起因し、家庭と職場の分断、一対の閉鎖家庭、母親への過剰期待(負担)、学校制度、母子間の共認欠損、欺瞞観念に満ちた育児思想など等・・・どれをとっても新たな認識形成による社会統合の視点がなければ答えが見えない問題ばかりです。保育をめぐる不全の対象化もやはり、ここからはじまるのだと思います。


阿部和雄