子供の可能性にフタをしている大人たち

以前は、地域ぐるみで子供たちを育てるという風土があった。だが現在はそれが消え、子供たちは荒れたり切れたり登校拒否になってしまっている。だから地域・家庭・教師が力をあわせて地域ぐるみの教育環境を再生しよう。子供をとりまく環境についてはこんな論調をよく耳にします。「つくる」「再生する」「話し合いが重要」という言葉も決まり文句のように出てきます。

みんなで話し合って地域社会をつくろう(再生しよう)といいながらも、話し合う中身がないのが現実です。子供たちにとって仲間世界が大切であることがわかっているのなら、何故それが失われたのか、何故それが実現できないのか?をとことん追求する中でしか答えは出てこないはずです。

地域社会を解体した核家族化はいったい誰が望んだことなのか?子供社会を学校という人工集団に押し込めてよしとしてきたのは誰なのか?勉強が大事といったり自由が大事といって大切な仲間集団を捨象してきたのはいったい誰か?これらの事実に口をつぐんでいったい何の「話し合い」になるのか、大いに疑問です。

すべて大人たちが望んで実現してきたことの結果が今の「現実」です。私たち自身の意識・認識そのものが現実の閉塞を生み出し、かつ閉塞からの突破・実現可能性にフタをしているのだということに気づかなければ「話し合い」の末席に加わる資格さえないといっていいのではないでしょうか。

すでに子供たちの世界にはその実現基盤がある、とすればあとはその「場」をいかにつくるかということです。そんな時、旧態然とした認識(旧観念)にとどまる大人たちに出番はなくなる。と断言していいと思います。



阿部和雄