「開かれた共同体」としての類塾

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106511 「共同保育を事業化するためになにが必要なのか?」 門奈津子 さん)
 
 類塾では、小学生から中学生(6才~15才、コースによっては高校生も)までの生徒を預かって、教育事業を展開している。
 その中身は当然、学科教育もあるが、実はかなりの部分を、(本来は、家族集団の中で培われていたはずの)規範教育が占めている。(話の聞き方、時間管理、集団生活の仕方など)

 つまり、塾自体が、共同保育の場だと言っても過言ではない。

 生徒たちは、様々な学校から、閉鎖的な学級空間を越えて集まり、教室は、ひとつの社会空間だとも言える。

 さらに卒業生は、高校生活を経て大学生になると、アルバイトなどの形で、今度は、教育の需要ではなく、供給者となって、たずさわるようになる。

 大学などを卒業すると、今度は正社員として、より主体的な組織活動にかかわる人材が出てくる。
 あるいは、母親になっている生徒もいるだろう。

 かくして、学習塾という形態を取りながらも、生徒の生涯に、多大な影響を与えつづけている。物心がついて数年後以降、短くない人格形成上重要な期間を、類塾で過ごし、学び、働く。

 このような塾のあり方は、生殖と闘争を包摂した共同体的側面を持っていると同時に、社会に開かれているという点で閉鎖的な共同体の固定的イメージを突破しているような気がする。また、次代の共認社会のひながたそのもの、と言えるかもしれない。
(実際、類塾では、社会問題を真正面に追究していく「本格コース」や、インターネット上での認識形成の場である「類塾ネット」リンクの構築へと進んできた。)

 卒塾生たちは、新しい社会を作っていく人材となる。次代の人的インフラ、いわば統業の担い手を育む共同体―そんな役割が塾には期待されているのではないか、と思う。

 

 

阪本剛