みんなの子という意識

「自分の子」という意識から「みんなの子」という意識への転換と言われても、直にはピンと来なかった。

 自分だけよければという自我が消滅した若い世代において、自分の子だけを特段可愛がり、人の子を蹴落としてでもなんて思う人は居ない。人の子も正直可愛いし、本当に可愛がれる。

 ただ「怒れない」「しかれない」「規範を示せない」

>その中身は当然、学科教育もあるが、実はかなりの部分を、(本来は、家族集団の中で培われていたはずの)規範教育が占めている。(話の聞き方、時間管理、集団生活の仕方など)
>つまり、塾自体が、共同保育の場だと言っても過言ではない。
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 子育てとは「規範教育」なんだと思うと、「自分の子」と「みんなの子」という意識の違いは、「みんなで規範を作っていく」という気持ちが持てるかどうかではないかと思った。

 そうなると、共同保育とは、みんなでみんなの子を可愛がる事だけではなく、みんなで子供達に教えていく「規範」を構築していく事であり、確かな規範構築に必要な人々の意識潮流を捉えた構造認識の習得に繋がってくる。