女達を「護る」ためにやるべきこと

>(西洋社会の)手を握ったエスコートの姿勢には、女に対する「私有意識」や「執着心」が秘められて、その上に「庇護する=守る」の観念が顕在化して来るのではなかろうか。154515

少し前まで、こんな意識だった。女を「護る」とは、例えば旦那であったり、彼氏であったり、つまり“その女を私有している男”にだけ、その役割がある。だから他の男達にとっては無関係のことなのだと。これこそ旧観念に捉われた発想だ。

>日本男子の心の深層では、女達に対する『畏敬(思慕)』の念が根底に在るから、帰属集団=女達を「守る」、「闘う」となるのではなかろうか。154515

抜け落ちていたのは『女“達”を護る』ということ。それは、女達が常に充足できる安心基盤=帰属集団を護ることに他ならない。

>『認識収束→事実収束』が顕在化した現在、その現象の背後に潜む人類全体の期待をつかみ、あらためて、「みんな期待」を直視し、闘う(認識闘争)ことが求められている。日々刻々と変化する外圧に応じて、戦い続けること。161752

まさに、ここに尽きると思った。

外圧を直視し、現業であれ何であれ日々を認識闘争し続けて成果を出し、みんな期待に応えていく行為そのものが、即ち「女達を護る」ことなのだ。

 

 

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