新たな共同社会の実現体-「木の花ファミリー」

富士山の山麓富士宮市に、老若男女問わず50名ほどが自給自足的生活を基盤としながら、共同生活をしている、「木の花ファミリー」という共同体がある。

近年の閉塞された社会状況の中で新しい生活を模索する中で世界的に注目されつつある「エコビレッジ」の中でも、世界でも数少ない精神的調和も実現された、未来の青写真的共同体として、木の花ファミリーは世界的にも高い注目を得ていて、ただの「家族の家」にも関わらず、毎年2000名以上もの人が訪問する大家族になっている。

その木の花ファミリーを会場として、日本国内でその芽と開きつつある「エコビレッジ」を作ろうという人々が各地から集まり、「いのちの村ネットワーク」という共同体の有機的集合体を作ろうという会合があるということを知り、そこに参加してきた。まずは木の花ファミリーの実態について報告する。


木の花ファミリーは約15年前に作られた共同体で、有機農業での自給自足的生活を基盤としている共同体である。創設者が自らのなりわいを通して、様々な家庭の状況を見て、相談を受ける中で、新しい家族形態こそが世界を豊かにするという確信を持って、そのメッセージを広く拡げることを年頭にしてつくられた共同体だ。


□家族形態
基本的にみんなが家族であるので、子どもたちは、生みの親こそいるものの、特定の個人の子どもではなく、皆の子どもとして育てられている。

実際、誰が誰と誰の間の子どもなのかというのは区別できなかったが、大人も子どもたちもそれをすんなりと受け入れている様子だった。部屋も個人の部屋はないに等しく、同じ部屋に何人かが共同生活をしている。

驚いたのは、子どもたちの人懐こさと言語表現力の豊かさだが、これも共同で保育されていることと、子どもながら料理や畑仕事を手伝うという役割の賜物だろう。

また基本的に所有という考え方はほとんどなく、家財道具なども全て皆で共有している。また、金銭的所得は、一旦ファミリーで集計されたあと、年齢等に関係なく平等に各個人に分配され、通帳は各個人で保有するものの、なにかあればいつでも皆のために出資できる状態になっている。

食事は、菜食主義であり、塩と砂糖など一部の調味料を除いて完全に自給自足を実現している。「食当」と呼ばれる女性たちが、日々の調理を担い、肉・魚を使わずとも彩り豊かで美味しい食事だった。

家族の一員になるためには、特別な手続きなどは必要なく、上記のようなほとんど個としての生活がないことを容認できるのであれば誰でも家族になることができる。


□有機農業
約15haの畑を所持していて、そこで約260品目の作物を生産している。このように少量多品目の生産ができるのも、農業をしているのが、金銭を得るのが第一義ではなく、あくまで自分たちで自給自足するためだからだそうだ。

ただ、それでも余剰の作物ができるので、それらは近隣に販売もしていてそれが貴重な金銭的収入源となっている。年間約数千万円の売上になり、一人当たり年間80万円程度分配される。そのうち、30万円ほどが生活費としてファミリーに回収され、残りが個人の貯蓄として蓄えられる。教育費などは、その出資されたプールから出資されている。

栽培方法として特徴的なのは「木の花菌」と呼ばれる独自で培養しているEM菌を利用していることで、鶏舎などはほとんどにおいがしない。また、肥料や飼料などはほとんど外部から購入はせずに、内部で自然の摂理にのっとって循環できるサイクルが完成している。

こういった共同生活や、有機農業を通すことで、一人当たりの環境負荷は、通常の何倍も抑えられている。


□精神性
そして、木の花ファミリーが他のエコビレッジと比較されるときに大きく評価されるのが、よりよい生き方を皆で追求している、ファミリー曰く「精神性」の面である。

そもそも共同生活や有機農業を実践しているのも「心を磨く」ためであり、数多くのエコビレッジがその共同生活を2~3年で崩してしまっているの対して、15年以上も調和の取れた形で継続しているのが、成員がよりよい生き方を追求しているということを柱にしているからだという。

端から見ると一見宗教じみている、と感じなくもないのだが、実際その家族の中に入ってみるとそんな感じはしなかった。
それぞれが日々の生活それ自体に感謝をして、ごく当たり前にあることから自然の摂理を見出している、そんな感じだった。

また、自我を封鎖して徹底的に共同生活を送るとはいうものの、なんらかの形で自我も発生して、集団の中での問題も生じる。それを解決してよくしていくための機能として、毎晩「大人ミーティング」というものを開催している。

そこでは、今日発生した問題や、そのときの自分の心境などが、包み隠されずに報告される。他のメンバーはそれに対してやはり包み隠さずに、思いのたけをぶつけていき、お互いにもっと改善できるところを見つけていく。

ファミリーの人たちと話すと、その素直さや屈託のなさに正直驚いていたのだが、みんなでよりよい生き方を追求していこうと本気で思って実践していることが、確かに伝わってきた。
そして、人々の意識のありようが、今の社会のあり方や問題の発生の根底にあり、意識を転換・改善していくことが最も大切というファミリーの言葉は印象深かった。



木の花ファミリーの自分たちの人生をかけた新しい生き方の提示は、時として異端児扱いをされることもあるようだが、みんなの2歩先を歩むものたちとして、そのことも受け入れてしっかりと生きていて、その生き方はとても感銘を受けた。

市場社会の中でも、あるべき社会の姿を見据えて、その意識から生み出される社会を実体化して、精神的にも肉体的にもとても豊かな生活を送っているファミリーの様子には、新しい時代への可能性を大きく感じさせるものがあった。

 

 

千葉裕樹