子育て不安と少子化

子育て不安について。
私は、現代社会には「根本的な子育ての難しさ」とでもいうような雰囲気があるように感じています。
ここから生じる子育て不安や自信のなさは、決して一部の悩みではなく、かなり普遍的な現象ではないかと思います。これは親個人の資質を抜きにしても、昔にくらべ、現代の親は非常に困難な状況に置かれているということです。
また世間の女性の多くが何かこう、産む産まないの意義や、子育ての価値に過剰に固執しているように見えるのも自信のなさの裏返しのように感じています。
(幼児虐待も不安と自信のなさの裏返しであろうと思います。)

かつての親は、産み育てることはごくごく自然な行為で、「何故産むのか?」なんてことはあまり意識していなかったのではないだろうかと想像します。それは、社会や共同体といった「自分の外にある目的や規範」を自然に内在化し、産みそして育てたからです。それに対して現在の多くの親は、その理由を、自分の人生や家族といったごく限られた関係の内に求めているように見えます。

そして今も昔も、子育てに多大なエネルギーと経済的負担がかかるのは同じであるが(比べるなら現在のほうが家事などはずっと楽だろうが)、今はその犠牲を払うに足る理由がみつからないということではないかと思います。

要するに、子どもを「授かる」、「自然に受け入れる」状態から、子どもは親の自由意思でつくるものに変化したのではないかと考えています。そしてこれが「根本的な子育ての困難さ」という状況をつくりだしているのではないかということです。



次に少子化についてですが、原因は上記の変化と関係が深いのではないかと考えています。
つまり、親が犠牲になって子育てをするという感覚です。
先に書いたように自分の「外」に目標なり規範を持ちえなければ、やはり自己実現と出産・子育てにかかる負担をはかる、という思考方式から脱却できないように思います。

 

 

 

岩井裕介