危険回避とバーチャル社会

高田康史氏の3004「子供達の未来?」に対する見解です。

 先の投稿では、子供達の間に起こっている「コンピュータ文化の蔓延と自然体験の低下」によって、子供達の世界認識が幻想化し、現実との乖離から、現実に様々な問題をもたらすことになると危惧されています。

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 コンピュータ文化の蔓延と自然体験の低下の背景には、「社会的に自然体験から逃れた生活」と「身近な自然体験の質の低下(魅力の低下)」が考えられます。

 人間には、危険から逃れようとする本能が備わっています。そのため、人間は、危険な自然から回避する社会を構築してきました。

 ミクロな視点で、子供の生活場面を見てみると、近くの川はコンクリートや柵で囲まれ、加工された安全な環境の中で生活しています。その行き着く先がバーチャル社会なのです。

 周りには自然といえるものはほとんど存在しなくなり、子供達は、親が意識しなければ、自然体験を味わえなくなったのです。

 このままでは、だれも自然体験の魅力を感じなくなるどころか、「自然体験」の意味すら低下してしまうことでしょう。
(昔は自然体験という言葉もなく、今になってその価値を再認識し「自然体験」と言われるようになったのでしょうが、そのように言う人の中でも、イメージする内容の質が低下しているのではないかと思います。私が危惧するのは、その言葉が幻想化してしまうことです)

 現代の子供達は、自然の刺激よりも、幻想的な刺激に魅力を感じているように見えます。しかし、危険回避のために、幻想的な満足を余儀なくされている社会がそこにあるのです。

上記は自然界との体験の話をしましたが、人間同士の話にも同じように言えます)

 

 

 

福田尚正