人材育成 「江戸時代の養育法」 2/2

「叱って育てる方が良い」と「褒めて育てるほうが良い」

少し前までは「褒めて育てる方が良い」が流行っていましたが、最近は「褒めて育てる の弊害」が色々と取りざたされているようです。

「叱る、褒める」のどちらに対しても、しっくり来ないので江戸時代はどのようにしていたのかを調べてみると、年齢に応じて習得すべき中身を定めていたようです。 

【三つ心 六つ躾 九つ言葉 文十二 理十五で末決まる】

「年齢に応じた」は、明らかに脳の発達段階に応じた方法。
脳の科学的知識もさほど蓄積されていない江戸時代において、体験を持って習得していた「子供の養育法」。
現在社会でも見習うべきという思いを強くしました。

同時に、「厳しく叱るとやる気を失う」、「褒めて育てると自主性を失う」等、即、「二元論に陥ってしまう」があまりにも表層的であることに改めて気がつきました。


リンクより

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【三つ心 六つ躾 九つ言葉 文十二 理十五で末決まる】


○才覚が見える時期 【九つ言葉】
数え年の九歳までに、どんな人にも失礼でないあいさつができるようにします。商家の子であれば九歳になったら「さようでございます」などと、おとなの言葉や世辞が言えるように育てます。江戸商人の才覚や将来性はほとんどこの時期に決まります。このころになるともう判断力もありますから、悪いしぐさも出てきます。

あいづちしぐさは相手の話をよく聞き、理解してうなづくものですが、本当にわかっていたいのに「うんうん」とあいづちを打つのはよくありません。あまりにもお母さんがうるさく小言を言うと、子どもはイヤになって、返事をしなかったり、空あいづちをうったりします。

-略-


○一人前のことができる時期 【文十二】
数え年で十二歳になったら、主の代書ができるようにします。注文書や請求書、苦情処理書まで書かせたそうです。商家には、万一、主が亡くなっても跡取りがすぐに代行できるよという用意周到さが求められました。

数え十二歳は、満十一歳。今なら小学校5,6年生です。今の子は学校でも知識、塾でも知識、知識を詰め込まされている毎日でしょう。人間として最も必要な常識や知恵は、置き去りにされているのではないでしょうか。


○末を志す時期 【理十五で末決まる】
数え年で十五歳にもなると、ものごとの道理が理解できるようになります。
道理とは、ものごとがそうなっている理由のことで、理ともいいます。

理を追求すると心理、原理、条理、物理、論理などの難しい言葉が出てきますが、身近なところではおいしい調理や料理も板前さんの修業があって極められたものですし、義理や無理は人の道の上にあることです。経済、物理、化学、心理学など森羅万象が、実感として理解できるのはこの時期で、孔子がいう「十有五にして学を志す」というのも、この年齢になると人に言われなくても、自分の行く末がわかって「志」をもつようになる、ということです。

この年齢までには、完全に躾はくせになって身についていて、いっぱしのおとなです。武士の子ならば、おとなへの仲間入りを示す元服式を行って祝います。

著書「子どもが育つ 江戸しぐさ越川禮子より抜粋

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加藤俊治