10年後に「食える子」の親の共通点5 なにが正しいか、判断させる(2)

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10年後に「食える子」の親の共通点5 なにが正しいか、判断させる(2)

【つづき】
ロボットにはない「共感力」を育む親

(4)の「子供の言動に向き合う。聞く」とは、相手をひとりの人間として認めることに他なりません。

自動販売機の「ありがとうございました」に反応する人はいません(半分冗談で「どういたしまして」と返事する人もいるとは思いますが)。それは、相手を人間でないと認識しているからです。逆に言えば、相手の言動に向き合わない、聞かないという態度は、相手を人間として認識していないということです。

学校で指導に困ってしまうのは、自分のことばかり話して人の話を聞けない子供です。こういった子供は、家庭での会話に満足していないことが往々にしてあります。「忙しいから後で」と聞いてもらえなかったり、もっとかわいそうな場合は、親がいつも不在だったりします。認めてもらえていない子供は、人を人として認めなくなり、結果的に「人の話を聞けない子供」になります。

できる親は、子供の「ねえ、見て!」「何で?」にしっかりと反応します。図工で作った作品の「ねえ、見て!」に、膝をついて子供の目線まで下りて眺めます。そして「素敵! ○○なんだね!」と子供の力のいれどころを具体的に見つけ、驚く。

お風呂あがりに「何でお洋服着ないとダメなの?」というような、大人にとっては当たり前すぎる質問にも、その親なりの解釈できちんと答えます。

「裸だと大事な○○ちゃんがかぜをひいてしまうからよ」
 「お風呂上がりにきちんとパジャマを着ると、よく眠れるのよ」

など、様々です。「いいから早く着なさい!」が能率的かつ親の本音だとは思いますが、そこをぐっと飲み込んで、きちんと答えるのです。

その親の態度が、子供が人とコミュニケーションする時の基本姿勢として移ります。相手に向き合い、相手を尊重する人間に育ちます。これは、ロボットには決して真似できないことです。

(5)の「子供を尊敬する」とは、子供の言いなりになったり、あえて子供の下になったりということではありません。

人として対等の立場に立ち、相手の良さを認めるということです。親は、先に生まれただけであって、決して人間として偉いわけではありません。親を親にしてくれているのは、子供の存在そのものです(これは、学校で子供の存在が「先生」という存在にしてくれているのと同じです)。

何かができたから認めるのではなく、存在そのものを認めていくことです。

現に、学校で活躍する子供は、自分の親はもちろん、先生方や友だち、地域の人など、周りのあらゆる人々を尊敬している傾向があります。「私もあなたも価値がある」ということを認識している状態です。国際化が進み、多様な価値観を認めることが求められる、これからの時代に必須の能力です。

親と子のコミュニケーションが全ての鍵

15年ほど前、「AI」という映画が話題になりました。子供のできない夫婦が、人間そっくりのロボットを子供として育てるという話です。このロボットの子供は、文字通り「愛されて」いました。しかし、やがてこの夫婦に本物の子供ができます。その結果は、予想できると思います。

ロボットは、愛情という分野において、決して本物の人間の代わりにはならないのです。

人と人のコミュニケーション。その基礎となる、親と子のコミュニケーション。ここに、我が子をロボットに負けない人間に育てるポイントがあるのではないでしょうか。

 

 

今井勝行