心の傷を持っている子どもたちが、親・大人と信頼を深めて心の闇から抜け出した事例 ②

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●では、親がいったいどうすれば、彼女のように出口を見つけられるのか。
 学童保育所の卒所生を中心とした子どもたちの居場所であり、小中学生対象の学習塾でもある「小金井学習センター」(東京都)で30年間講師として勤めた口山衣江さんに話を聞いた。

 同センターは、子どもや教師の自由度が少なくなった学校教育に不安を感じた父母らによって、「必要なものは自分たちでつくろう」と設立されたところ。受け身でない学習方法は、昨今注目される「アクティブ・ラーニング」とほぼ同じだ。
 「貧困が連鎖するように、親が孤独だと子どもも孤独になるのではないか。お互いに本音でしゃべってストレスを吐き出したり、情報交換してよいやり方を考えられる。おせっかいをし合えるママ友がいれば、乗り越えられるのだと思う」
 口山さんらスタッフが「大人と子どもが育ち合う」をテーマに作り上げてきた同センターでは、保護者会が毎月開かれる。そこでは、親たちが、「迷いながら、あがきながら、意見を言い合いながら、いつの間にか孤独でなくなっていく」という。

●生きづらさを抱えている生徒が多い
 そのように親子が育ち合う場所を作ってきた口山さんは現在、都内で通信制高校の講師を務める。授業にやってくるのは、予定人数の数割が日常だ。

 「どこか生きづらさを抱えている生徒が多いと思う」

 昨年始まった1年生の教室は4人。最初の授業は、教室の四隅の机にそれぞれ座っていた。
 「みんな真ん中に集まって」と言っても、誰ひとり動かない。1人の男子生徒はマスク姿で瞳がぎりぎりのぞくだけで表情もわからない。ただ、一人ひとりに「私と会話できるところに来てくれる?」と言ってまわると、それぞれ集まってくる。
 「家庭に問題があったり、中学でいじめられていたり。そんな周りに対して突っ張っていたり、希望が持てずに内にこもっていたりする。でも、一人ひとり付き合うと、みんないい子ばかりなんです」

 入念に準備した国語の授業を始めてみたが、意見を求めても誰も反応しない。「これってどうかな?」「どう思う?」と促しても、最初は目を伏せて無言だった。ところが、しばらくしたら、生徒たちは何度かに1度はパラパラと自分の思っていることを話すようになった。

 「時として、生徒が何か発言したそうな目をすることがあるんです。そういう空気を感じることがある」

 そんなとき、口山さんは生徒が口を開くのを待つ。「待たれるのが嫌な子もいるので全員同じやり方ではありません。それに、答えたくなさそうなら引くけれど、顔を見て、あ、言いたそうだなと思ったら10分でも待つ」という。

 みんな、ちょっと待っててね――。そう断って、発言しそうな子ども以外の生徒たちには、その子を待っている時間でプリントの裏に絵を描こうが、漫画を読もうがOKにしてしまう。
 そのような時間の中で、マスクの男子生徒は驚きの変貌を遂げた。数カ月の間に、マスクを外して授業を受けるようになったのだ。その次は、促せば意見を言うようになった。

 そして、ついに。指名しないのに、「はい、先生!」と挙手して自分の意見を述べるようになった。学校中の教職員から「あの子がマスクを外すなんて!」「挙手するなんて」と驚かれたという。

 「私は、あの子のマスクを外してやろうなんて目論んでやったわけではありません。もともと持っている力を発揮するまで待っただけです」
 それなのに、結果を急ぐあまり待てない大人が「厳しさがなければ」と子どもを抑圧した結果、ネットの世界に追いやっていないだろうか。

●「待つことは、信じること」
 「死に方教えます」のDMを受け取った女性の母親も、サイバー補導されたわが子を迎えに行ったとき「帰るよ」と言っただけだった。

 親に恥をかかせて平気なの?
 何考えているの?
 どうしてこんなことしたの?

 そんなふうに、思わず問い詰めたくなるはずだ。

 そうしなかったことで、わが子を待つ時間をつくれたのだろう。とはいえ、「待つことは、信じること」などと言われると少しハードルが高い。待ってもらえないため懸命に突っ走ってきた大人は、「それでいいの? 厳しくしなくていいの?」とかえって疑心暗鬼になるかもしれない。
 であれば、子ども目線でとらえてみるといいかもしれない。

前回記事と今回で取り上げた19歳と18歳は、奇しくも同じことを言った。

 「待ってもらえると、自分は親に信じてもらったんだと自信になった」

 子どもたちが「待ってもらえれば自信になる」と言うのだから、そこを肯定してはどうだろう。デジタル化にAIにグローバル。一変したこの激動の時代を、私たち大人は「子どもとして」生きた経験はないのだから。

 

 

 

 


坂本伸一