進む「都市化」が自然そのものの「子ども」を排除する

親も学校も昔に比べてずいぶんと子どもを管理するようになってきています。
養老孟司氏は、著書『「他人」の壁』のなかで、それを「都市化」という視点から述べています。

以下引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

子どもの育て方でいうと、要するに見ているしかしようがないんですよ。
僕は何時も言うんだけど、子育てには「見守るしかない」という覚悟が必要なんです。
だから「少子化」とは「子どもが苦手」と言う意味でもあるんですよ。しかも、都会の男女ならそれも不思議じゃないんです。なぜなら、こどもという存在って、言い換えると「自然」なんです。ロボットみたいに人工物を設計するみたいに、思い通りに生んだり、育てたり出来ないでしょう。つまり自然です。都市化するということは、自然を排除する事と同義ですから、子どもは都市から排除される存在です。都会の人は自然との付き合い方に慣れていないから、本質的に子どもを怖がるんですよ。子どもが苦手と言うのはそういう意味です。
少子化と都市化は一体の問題なんですよ。まあ、保育園が足りていないとか、教育費にお金がかかるとかいう事情もありますけど、根はもっと深いところにある。

引用終わり~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

都市とは人間が自然を排除して人間が管理できるシステムを作り上げたもの。
そのやり方を子育てにも適用しようとするところに無理が生じるという。
必要なのは、決して管理は出来ない、出来るのは見守るだけ、という覚悟で、昔の田舎の、子どもが何をしているかまでとても手が廻らない時代のほうが、今より子どもにとって暮らしよかったのだろうと思えるのは、そういう理由からかも知れません。

 

 

 

高橋克己